Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

004 Newsgroups: mystery/salon #2685 チャンバラのリアリズム 牧秀彦

まあ、時代劇でこの国に広まったトンデモ情報といえば、峰打ちですね。

それと足さばきもあるけど、それはまた書くことにしまして、鬼平犯科帳なんかで、しょっちゅうでてきますね、腕下の悪党と切り結ぶ時にチャリンと音がする感じで峰を返して、ザッと胴をないだり、肩を打ったりする場面。
あれを、実戦でやったらどうなるか?
一発で刀がひん曲がるそうです。
そういう、ただ叩く使い方をするなら、十手とかナゲシとか鉄棒を使う方が利にかなっているわけです。(警備員が持ってる警戒棒術に、江戸時代の十手術がそっくり生き残っております)

こういうこととか、棒振りダンスと化した竹刀剣術なんかでの立ちまわりで染みついた偏見の垢を落すには、牧秀彦さんのチャンバラ小説を読むのが一番です。

牧秀彦 「碧燕の剣」光文社文庫 2006年

根津権現門前町番所のの番太は、六十半ばの留蔵爺さん。その書き役の辻風弥十郎は、シリーズ第一作「辻風の剣」で、行き倒れているところを拾われた、記憶喪失者の剣術使い(どうも水戸藩の隠し古武道の達人で、藩おかかえのテロリストだったらしい。ゴルゴ13水戸バージョンってわけです)なんですが、名前も身分も忘れて、身についた知識技術だけが残ってる若者。娘を抱えた辻謡の伊織と三人で、留蔵を頭に、闇の「始末人」をやっているのです。
 今回は、中篇3作からなっています。

  1. 笑う門から邪を払え
  2. 対決・異人剣
  3. 学び舎は誰がために

 「笑う門」は、ある商家の婿に決まった男が殺されて、それが弥十郎と同じ長屋の知合いの子ども三太の兄だった。実は、同じような状況で以前にも殺された男の両親が持ちこんだ始末探索依頼を留蔵は断っていたから、しらっぱくれて、居直り厚顔会見をしてる秋田県警とは180度正反対の態度で留蔵は落ちこんでしまった。というんで、弥十郎と伊織は、謎を解きに乗りだし、始末する。ここで弥十郎のお得意の相手の差し料を奪って、切り捨てる技が冴えます。

 「対決」は、江戸でも長崎でも婦女暴行を繰り返している、巨人オランダ人の剣士の始末を嫁入り奉公に預っていた女を自殺に追い込まれた「長崎屋」が、依頼してくる。普段は、こういう金持ちの依頼をうけない留蔵も義憤に駆られて受けて、弥十郎が長崎に赴くことになる。
 (普通なら、多分、弥十郎旅日記とでもして、一冊かけるところを、中篇一本で書いてるので、ちょっと旅情緒が薄味な感じもある。)(なんか水戸攘夷派の右翼思想の味も加わってきてるようなエグミも感じる)
 でも、眼目は、このオランダ剣法のダガーの技術解説。これは初めて読みました。オランダ剣士と日本剣術の戦いは、けっこう小説になってるのですけど、いままで、武器の解説がきちんとしていたのは見たことがありません。

 「学び舎」では、弥十郎の流派が、落ちこぼれの武闘オタクみたいな敵役によって解説されます。水戸のお留め流(水戸黄門に逆らって粛清された和田平助 正勝が創始者新田宮流居合術なんですね。
 あ、それと、紙衣(かみこ)の防刃着用法が出てきます。もともと、ちゃんと衣服を重ね着してると、よほどの腕でないと日本刀で斬ることは難しいそうですが(刺突は別)それに更に紙衣を着こむというのは初めて読みました。夏の浴衣以外の用法です。

 とまあ、どっちかというと、チャンバラ技術解説書みたいな(ストーリーの穴や飛躍は言わない約束)時代小説ですが、権力を背負ってない男達のロマンで十分に楽しめます。 お色気は、リアリズムの作者が独身のせいか淡いです。(笑い)
 このシリーズは、「辻風の剣」「悪滅の剣」「深雪の剣」と出ております。
 みな面白いこと請合います。
 チャンバラ小説書くために、20才から居合をはじめた作家ですから、技術的な細部に神がやどったリアリティのおもしろさが抜群なわけです。

 ミステリ舞踏派久光

(剣術とか武術の技術知識をのぞくと、それほど新鮮味のない話なんで最近はとんとごぶたさしております。このころはどっぷりはまりましたね。12 octobre 2010 追記)