Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

【私のミステリな日々】2010/10/08 若竹七海「猫島ハウスの騒動」 稲見一良「猟犬探偵」 山田正紀「僧正の積木唄」 

今週、若い警備員と一緒に仕事をした休憩時間と電車待ちの時間にミステリの話をした。エラリー・クイーンヴァン・ダイン横溝正史江戸川乱歩が好きという読書家なのだった。21世紀の今時にヴァン・ダインの話をする三十歳の若いものがいるというのはうれしいものです。LAの本屋でエラリー・クイーンジョルジュ・シムノン(英語訳)もディクスン・カーも並んでいたけど、ヴァン・ダインはまったく見かけなかったし、店内検索をかけてもサルヴェージできなかったのに比べると、まだ東京ってとこはミステリの黄金時代を日本語で読めるという点でミステリ時間のワンダーランドといえましょうか。それとも単なる吹き溜まり?

若竹七海「猫島ハウスの騒動」KAPPA NOVELS 2006年 光文社300円、定価857円プラス税

現実の江ノ島をそっくり湘南海岸に取り込んで葉崎半島にしてしまい、さらにその半島から江ノ島そっくりの『猫島』を飛び出させ、水没する砂州で半島の猫島海岸へつないだ舞台。そうおなじみの葉崎シリーズです。
探偵役は民宿「猫島ハウス」のオーナーの孫娘の高校2年生杉浦響子。主探偵の引き立て探偵は神奈川県警随一の名刑事・葉崎警察署捜査課駒持警部補(日本一、二の猫アレルギーなのでダースベイダー(そういえばダースベイダーのあの格好は伊達政宗の黒鎧兜に黒の米軍防毒マスクをつけたものなんだそうな)そっくりの格好で事件を追いかけまくる)と島の若手駐在七瀬巡査。
人の数より猫の数の方が多い中での物語のフロントラインで踊る・・・・・いや寝そべってる猫は、猫島ハウスのマスコット白黒斑のマグウィッチ、猫島神社のペルシャ猫のメルちゃん、猫島ハウスの長期滞在イラストレーターになついたクリーム猫のヴァニラ、葉崎警察署猫島夏期臨時派出所勤務のドラの警察猫DC。その他、出てくる順に、トマシーナ、セント・ジャイルズ、ラスカル、ジョフリィ、ほとんど黒豹みたいな島最大の黒猫ウエブスター、神社に住み着いて餌をもらっているくせに神主にすらなつかぬ銀色のテロリスト猫のシルヴァー、スタンガンを押し付けられた気の毒なアムシャ・スパンダ、お玉、チミ、ビスケット、クリスタロ、ミスター・ソロモン・ティンクルス。
このうちの8割は小説や映画に出てくる猫の名前なんだそうだ。
ええ、ストーリーは、島外から来た男が岩場を転げ落ちてきて、海のマリンバイク暴走族中年コンビの片割れにぶつかって入院させたというところから、始る。いや、駒持警部補は、その前の猫の縫いぐるみにナイフが突き刺されて放置してあった事件で発見者の響子の同級生の虎鉄を尋問しに登場するのだ。(猫好きの女房にくっついて観光にきたのだが、休暇が仕事になってしまったというわけ)。転げ落ちてきた男は当然死体で落ちてきたらしい。というので駒持警部補はこの事件を捜査するはめになる。ガスマスクをつけて。ついで、スタンガンで猫の傷害事件がおきる。
そのうちイラストレーターの仕事場裏のゴミ捨て場から猫が人間の指をくわえてくる。ゴミ捨て場を調べるとそこから第二の死体が。
物語のクライマックスは、猫島を台風が直撃するのです。人も猫も皆、神社に避難するのですが、猫どもの中には響子の祖母の部屋のペルシャ絨毯がお気に入りで絶対離れんぞ・絨毯が台風で海に持っていかれるならともに水底へ沈んちゃるという抵抗派もいて、これが特に戦闘力のある強猫ばかりなので保護するのに一苦労一騒動。鳥居は倒れるは、駐在所は水浸し。その土砂降りと暴風の中、わざわざボートで大波を越えてきたガスマスクの警部補と島から脱出機会を逃してしまった巡査が神社へと上がっていくのです。
ミステリのクライマックスは犯人が巡査の銃を奪ってご一同大量殺人の被害者の危機、あわや犯人の勝利というところで、DC以下の猫自警団の大反撃でめっちゃくちゃのめでたしめでたし。ここらへんは、リタ・メイ・ブラウンのミセス・マーフィーシリーズと同じですね。
杉田比呂美の表紙イラストには猫が桟橋で14匹も描かれてある。うん、腰越の港の桟橋で昔見た光景そっくりです。

山田正紀「僧正の積木歌」文春文庫 2005年 150円 定価752円プラス税、 初出文藝春秋2002年

舞台は、1930年代半ばのNY. かつて(1929年)のファイロ・ヴァンスが解決した僧正事件の起きた家で再び童謡見立て殺人事件がおきる。探偵役は金田一耕助
井上訳で何度もハイティーンのころ読み返したヴァンダインの読者としては、この作品素直に評価しがたいものがあります。おなじく、横溝作品と金田一耕助のファンとしても、なんか違和感が残る後味です。
そう、横溝作品の魅力の隠し味のユーモアも、ヴァンダインの気障ったらしい、でも華のある衒学趣味も皆無で、マルセル・アモンのコミカルなシャンソンと小粋なベコーのシャンソンをカヴァーした舞台を見にでかけたら、目がねの地味な背広で裏地だけはちょっと気障なボソボソしゃべる評論家教授がああでもない・こうでもないとひねくり回した講義をしてくれ最後に素人にしては飛びきりうまいが所詮カラオケを聞かせてくれたというだけのようなものです。
金田一耕助とファイロ・ヴァンスのサインがもらえたら死んでもいいと思っている方は敬遠したほうがいい作品でしょう。

稲見一良「猟犬探偵」光文社文庫 2006年 105円 定価476円プラス税

初出は1994年新潮社。
佳作「セントメリーのリボン」に出てきた犬さがし専門の探偵の竜門卓(りゅうもん・たく)と愛犬ジョーが主人公のミステリ連作集。
第一話の「トカチン、カラチン」は、動物映画家の息子が傷ついたトナカイを父親が処分しようとするのを嫌ってトナカイと家出する。小雪という名の少年は、落馬して怪我をしてから馬に乗れないという理由だけで父親から嫌われていたのだった。竜門とジョーは依頼人の金巻といっしょに少年とトナカイを追う。小雪は自分の脚を直そうと母親がかつて連れて行ってくれた山中の野天風呂を目指していた。
第二話は「ギターと猟犬」。犬嫌いの女房に遠慮して大型犬を倉庫で飼っていた金を腐るほど持っている男がいた。その犬が逃げた。犬の中で一番の嗅覚を持つといわれる狩猟犬(ガン・ドッグ)のワイマナラーを探してくれという依頼だった。竜門は探し犬のポスターを貼る。それを見てタクシーの運転手が情報を寄せた。流しの演歌師(稲見は艶歌師と書く)といっしょにミナミを歩いていたという。ジョーに臭跡をたどらせると演歌師が大学の相撲部員どもにからまれているところに間にあう。アクションは一方的に竜門とジョーに軍配があがる。
愛犬を取り戻してもらった依頼主は妻にこう宣言したという。
「昨夜(ゆんべ)、嫁はんに言うたった。俺はグレーを家で飼うぞとな。庭の隅に小屋を置く。世話は俺がする。文句あるなら出て行け・・・・・・もっとも、家はあいつの物(もん)やけど」
ハードボイルドな探偵の依頼者もなかなか犬バカのハードボイルドです。
第三話は「サイド・キック」。なんと「セントメリーのリボン」の盲目幼女ヒロインのハナちゃんがちょっぴり少女になって再登場です。仕事の方は、伝染病で薬殺処分になりかかったサラブレッドとシェパードを連れて逃走する老厩務員を追いかける話。依頼者は竜門だけでなく、暴力団も使って馬を処分しようとするが、その娘は厩務員に味方してなんとか大阪から札幌(そこに信頼できる獣医がいるのだという)へたどり着かせようとしていた。竜門とジョーは暴力団の追っ手をたたきのめして、ライフルをとりあげた。シェパードを依頼者に返し、ライフルを質に依頼者から依頼料を取り上げてきっちり仕事は完了。クリスマスだったので竜門はケーキを買ってハナちゃんの家へ向かうのです。
「悪役と鳩」が最終話。 これは高級犬を専門に狙う窃盗団退治の話。依頼者兼相棒にプロレスラーが登場して、舞台は瀬戸内海をまたにかける。快男児たちの冒険譚になりかけるところを、稲見はきっちりセンチメンタルな落としを用意して連作も稲見の作家活動も終わるのである。
『ハードボイルドの激しさと感傷を底流にした闘争の話を』もっと書いてもらいたかったなあ。もっと読みたいなあ。
もう5年神様が時間をくれていたら、たぶんその後の小雪もハナちゃんにもまた会えただろうに。
稲見作品は全部読んだと思ってたんだけど、肝心の一冊をわすれてたんですねえ。アホじゃ。

ミステリ舞踏派久光