Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

 【私のミステリな日々】10月上旬 戸梶圭太 「溺れる魚」 新潮文庫 2001年 伊岡瞬「145gの孤独」 角川文庫2009年 誉田哲也 「ソウルケイジ」光文社文庫2009年

一週間京浜東北線の上り線、東北本線10キロ950mに列車見張りしていて、通勤時間帯は3分おき、昼間でも5分おきのせわしなさにも不思議と慣れるもので週の後半はミステリの筋とトリックを動機をキャラを考えるほどの・・・切れ切れだから細切れのアイデア断片みたいなものだけど・・・余裕が出てきた。帰りの電車でミステリを読んだりしてると上書きされて忘れちゃうのだけれど、今読んでるのはGregory Maguire "Wicked" だから別バッファになってけっこう覚えているのですね。ともかくも、本日も3冊ほど。

戸梶圭太 「溺れる魚」 新潮文庫 2001年 280円 定価590円 初出 新潮社1999年

解説は宍戸錠、そうあのエースのジョーである。この本には宍戸錠なんかはまったく関係してこないのだが、映画化の際に、若い俳優が刑事の一人を演じる。その刑事の設定が本書にはまったく書いてないものが付け足された。その刑事「白州」は宍戸錠フリークだったのだ。

主人公というか、主役は二人の刑事で、一人は女装癖の秋吉警部補33歳。デパートで女性用化粧品を万引きしてつかまり謹慎処分を食らっていた。もう一人が白州警部補、こちらは連続信用金庫集金係専門強盗犯を射殺して、そのどさくさにまぎれて同僚の警部補と被害金額の一部を着服した容疑を否認しまくって、やはり謹慎処分中。
その二人に特別監察官御代田は取引を申し出る。裁判から刑務所入りか監察官の犬となって外事一課(つまり公安)の警部の石巻47歳を監視捜査するかの二者択一。
過激派は出てくる、その過激派を操る変態の公安警部も出てくる。企業脅迫をしかける正体不明のグループへ暴力団を使って反撃する重役。箱を一つあけるとまた箱がでてくるように事件が事件を誘発して最後はおきまりだが銃撃戦。死体の山。
探偵を複数のチームにしたミッキー・スピレイン風ハードボイルドというところですか。ハメットやチャンドラーではないな、確実に。
たしかに獅子鰌の語ったように「ミステリー娯楽活劇」です。
溺れる魚」といえば、開高健の名エッセー「フィッシュ・オン」だったかの中でアフリカ人漁師が開高に言うのが、魚も水に溺れるけど、人は魂に溺れるでしょうが。。。から取ったんでしょうね。うん、こんな文章ではなかったかな。

◎伊岡瞬「145gの孤独」 角川文庫2009年 200円 定価743円プラス税 初出 角川書店2006年

  努力は重ねることができるが、幸運はいつか尽きる。
冒頭の主人公、元プロ野球のエース倉沢のモノローグである。倉沢の幸運が尽きたときにバッターボックスに立っていたのは西野真佐夫だった。
西野を再起不能にしたのをきっかけにスランプに陥ってプロ野球から引退した倉沢は井の頭公園の北側の自宅兼事務所で「便利屋」を開いていた。経理と営業の助手は真佐夫の妹の春香。事務所の『なんにもしない留守番』真佐夫と倉沢が会話を始めると春香は口を挟まないがいつも怒り出す。
物語冒頭の仕事は森本という老心理学者の女性の家の屋根掃除。二件目は小学6年生の男の子の付き添いでサッカーの試合を見ること。三件目は現役プロ野球の花形選手から妹の夫の愛人のフィリピン人女を無事帰国するまで保護エスコートするというもの。4件目は再び女老心理学者の家の泊まりこみの本の整理。5件目は子豚をペットにしている売出し寸前のアイドル歌手少女の東北旅行のガード。
便利屋の仕事をマイペースで片付けていくある日、倉沢はふと疑問をいだく。彼が、清掃やゴミの整頓やなにやらで訪れた客は老人家庭が多かったが、老人達はひょっとして死ぬ準備のために便利屋に片付けを依頼してきていたのではないのか。ひとつ疑問がわくと仕事をほったらかしても調査しないと収まらないのが倉沢の業。4組の夫婦が自殺または寝たきりの連れ合いを殺して自殺していた。それらの片付けの仕事は皆、倉沢と春香が便利屋の仕事を覚えるために研修した会社からのものだった。倉沢は社長の戸部に迫る。戸部は語る。
kokokara---------------------------------------------------------------
「倉沢さん、もしあなただったら、寝たきりになった老いた妻の、大便がこびりついた性器を日に何度なく、十年間も拭い続けて、毎日明るく笑っていられますか?これも人生だからしかたない、希望を持って生きようと言えますか?しかもこの先、あと十年続くのか二十年続くのか、果てのない悪夢です。自分も確実に老いてゆく、『みんな頑張っているんだから』とか『つらいのはあなただけじゃないから』と言うのは、何の励ましにもなりません。私には彼らを救う力はない。せめて最期の望みを割安でかなえて差し上げる。儲けてはいません。ときには実費も受け取らないこともあります。幸い私はほかで多少儲けさせていただいていますから。そして、自分のしていることを恥じてもいません」
to------------------------------------kokomade.(P.331)
倉沢は内心思う。俺は許せないが、この男には敵わない、と。そうして、春香が安楽死や、関係保険情報のサイトをみていたことを偶然知ったことから生まれた疑問を口にする。
Kokokara--------------------------------------------------
「・・・・・・・もうひとつ教えてください。・・・・・・・・・・春香は、彼女はそのことを知っていますか?彼女もインターネットでそういうサイトを見ていた。あれは情報を集めているんですか?営業のために」
大声を立てたわけでもないのに、倉沢の声はわずかにかすれていた。
「倉沢さん。そんなことを言ってはいけない。彼女にそんなことを言ってはいけません。彼女が関心を持つのは別な理由のはずです。もう一度いいますが、二人で話し合ってみてください
to-----------------------------------kokomade.(p.332)
ん?ん、ん、ん?よくわからん、この戸部の返しは意味がわからない。。。
倉沢はもちろんわからないので、このあと100ページ以上物語は続くのだが、読者はここで最初から注意深く、倉沢と真佐夫の会話とそれに対する怒っているだけに見える春香の心理に注意して読み返すべきである。そうして、カンのいい読者ならなにか悟るだろう。この物語はこういう仕掛けかと。仕掛けを見抜いても残りの120ページはつまらなくはならない。むしろいっそう面白い。最後までわからなくても、もう一度よんでみるがいい。二度目の方がいっそう味がある。
145gとは硬球の重さです。

誉田哲也 「ソウルケイジ光文社文庫2009年 250円 定価686円 初出 光文社2006年。

Dominic Miller のギターに Manu Katche のドラム、Kathryn Tickell のオーボエ
ほんでStingのヴォーカル。ケリー・クラークソンのフォルダに入れてある1991年のソロパフォーマンス
ミステリ舞踏派のお気に入りの映像です。
どうやら、題はスティングの同名曲から取っているらしい。

ミステリの方のスティングは姫川玲子警部補捜査一課殺人犯主任、スティングの右腕のギタリスト、ドミニック・ミラーはライバルの日下警部補か。すくなくとも、年下の部下たちではつりあわない。

事件は大田区西六郷二丁目多摩川土手の路上に放置されたスバル・サンバーの中で成人男性の血まみれの左手首が発見されたのに始る。指紋から仲六郷二丁目のアパート住人高岡賢一43歳と判明。高岡の賃貸ガレージから持ち主は到底生きてはおれないだろうくらいの大量の血液が発見される。
玲子は初動捜査で腐れ縁刑事の大阪漫才崩れみたいなお調子ものの井岡と組んで河川敷の地取り捜査班に振り分けられた。
でしゃばり老人みたいな散歩者をあしらった後、玲子は河川敷のテント暮らしのホームレスを訪ねる。闇の中の段ボールをかぶってゴミの中のゴミのように横たわっているホームレスは激しい咳き込みで玲子の質問もままならない。体調もひどく悪く弱っているらしいので、姫子は人道的に保護しようかと思ったのだが、その匂いに辟易して退散する。ここで保護しても事件の捜査とは関係がないとドライなんだ。ただ一瞬男の言葉に引かれるものがあった。
kokokara------------------------------------------------------------------
「俺は何も、知らない・・・・・そもそも、今が何時なのかも、よく、わからない・・・・そんな俺に、何がいえる・・・・・もう、かえってくれ・・・・」
−−−−そんな俺に、何がいえる・・・・・。
何が気になったのかはわからない。声か。その前のタメか。あるいは台詞そのものか。
−−−−案外、キザな言い回しをするのね・・・・・。
to---------------------------------------------kokomade(p.66-67)
ミステリマニアなら、手首だけ出てきたから行方不明の死体の当人であると限らないと思う。まずこの疑問を解消するように、自慢たっぷりにでしゃばり管理官(捜査本部長に次ぐNO2)がDNA検査に9時間かかるといってるのを俺が7時間でやらせた。血液のDNAと手首のDNAが一致したと報告する。ふうん、やっぱり手首の主は一人親方工務店の主の高岡かと決まる。きまれば、被害者に殺される動機があるはずと、たった一人の従業員の20歳三島耕介とその恋人を中心に聞き込みをすることになる。玲子はここで日下に耕介を担当されて、その恋人の担当になる。ここでも本筋につながりそうな線の取り合い駆け引きがおきるが、それにくわえて出しゃばりキャリアの管理官が捜査指揮に口をだしてくるが、それを日下がぴしゃりとはねかえすあたりで、お、玲子が思ってるほど日下警部補は嫌なキャラではないなと思えてくる。二人のぬきつぬかれつの競争で事件の解明はすすみ、高岡の保険の受取人を調べるうちに高岡は実は内藤和敏というダンプ運転手ではあることが判明する。しかし内藤は工事現場で転落事故死して高額保険金も下りていた。ただ、内藤の家族が受け取れたかどうかは怪しかった。内藤には自分の事故で植物人間にしてしまった息子の入院費用由来の多重借金がほとんど同額あったのである。ついで胴体が発見され、胴体と血液のDNAも一致したので、高岡=内藤なる男は確実に死んでいたと捜査本部は確信する。入れ替わり事件の背後に見えてきたのは多重債務から事故死を装って自殺させて保険金を詐取するブローカーの存在だった。そのブローカーは大量の血の海の出現した翌日から姿を消していた。ブローカーの身柄を押さえようとすると捜査本部に圧力がかかった。別の経済事件がらみでやはり捜査班が複数極秘で動いている暴力団関係者につながっているからを邪魔しないでくれというもの。そこは日下がうまく根回しして、現場同士で折り合いをつけて捜査が頓挫するのを防いで、いよいよ真相の核へ、まず玲子がついで日下がたどりつく。

なかなか良くできて論理のつじつまもあった警察小説です。後味もよろしい。
姫川玲子警部補というのは、なんか乃南アサの「無駄に美人」警官の音道貴子を思い出させるキャラですね。ちょっと中途半端な感じがするのは警部補という中途半端な地位のせいでしょうか。どうせなら「ドラ避けお涼」こと薬師寺亮子警視くらいに出世させてやりたい放題に活躍させてやればいいのにね。でもリアルさも追求してる誉田には、警部補くらいが限度(いい加減)なのかもしれません。あ、亮子さんの方も書かなきゃね。書くネタはいっぱいたまってますねえ。

ミステリ舞踏派久光