Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

【私のミステリな日々】2010年9月下旬 風野真知雄 「穴屋佐平次難題始末」 徳間文庫 2008年  宮部みゆき 「ぼんくら 上・下」講談社文庫 2004年  畑中恵 「ちんぷんかん」新潮文庫 2009年

銀行で下ろしてみたら手数料がついた。あれ、ああそうか、世間は休日だったのだと、二日続きの雨の後の秋晴れの阿佐ヶ谷を見たら人の流れが多かった。

風野真知雄 「穴屋佐平次難題始末」 徳間文庫 2008年 350円 定価590円

開けぬのは財布の底の穴。それ以外ならどんな穴でもあけましょう、という奇妙な商売人が本所緑町の通称夜鳴長屋に看板をぶら下げた。「穴屋」のとなりが「御免屋」、その隣は「お面屋」。女商人もいて年のころ十七、八の「ヘビ屋」。まあかわった店ばかりなのである。
第一話は、60過ぎの客であり、絵師だという。およしという女の風呂場の壁に穴を開けてくれという。出動基地としてわざわざターゲットの隣の大店の別宅を借りてあるという。勘のいい人なら、この絵師、ひょっとして北斎かと思うかも。依頼客の後をつけて怪しい依頼かどうかを確かめるのが穴屋佐平次のリスクマネージメント。つけると、羽振りのよさそうな店子が多いらしい二階建ての長屋に帰った。木戸上の名札の一つに『絵師為一』とあった。まさに北斎である。隣の風呂場までは地下を掘っていくことになる。用心棒と管理人の老夫婦がいて、佐吉が用心棒から聞き出したところによれば、女の旦那は一度のぞき穴を開けられたのを老夫婦が見つけたのを喜んで、また穴を見つけたら一両出すという。そこで老夫婦は穴さがしに熱中しているらしい。佐平次は隣のヘビ屋のお巳よに白ヘビを操ってもらって風呂場へ這い出させ、女の旦那はこれは縁起がいいから放っておくように言った。北斎と風呂場をのぞいて、そのヌードに感嘆していると、そこへ岡ッ引が旦那が死んだから俺の女になれと入ってきてせまった。佐平次は穴と壁を突き破って風呂場へ「白ヘビの使い」だといって、岡ッ引を殴り倒す。できあがった絵を見せられて佐平次は絶句する。およしの絵と赤富士の絵を並べてみせられたのだった。北斎は聞く。どっちに目がいく。佐平次の目は赤富士へ縛り付けられているのを見て北斎は満足そうに女の絵を破り捨てた。。。
第二話は、お姫様から猫に鼻輪をつけてくれという注文。
第三話は、大奥に長持ちに忍んで入り込み、旗本の娘が笛つくりの名人王陽山の最後の一本の名笛を吹くのを聞いて未完の王陽山の笛の残り穴をあけてくれという注文。
第四話は、ある旗本の依頼で別の屋敷へのトンネルを掘る注文。ただ、首切り浅右衛門の屋敷の下を掘ってその向うへ通すのだった。その途中に大岩があって、それを割らないといけなくなる。剣の達人の鋭い感覚を相手に割る音をどうするか、という工夫が眼目。
第五話は、蜀山人こと大田南畝がネタ帳を半分盗まれたのに腹を立てて、死んだふりして葬式を出し、墓を作ってその中にネタ帳の残り半分を納め、それを盗みに来るやつを捕まえたいので、墓へ隠れ穴を掘ってくれという注文。隠れて泥棒作家を見張っている太田南畝へ水と食料を運ぶのもアフターサービス。ところが南畝は、その中で殺されてしまった。棺のフタに血で南畝は「しゃらくさい」と書き残しでいた。佐平次の写楽さがしがはじまる。
第六話、蕎麦に穴を通して汁のからみをよくするという注文。(スパゲティの発想ですね)。依頼完了したところへ、川の堤に穴を開けろという依頼人が来て、佐平次は叩きだす。うさんくささを調べていくと代官所までまきこんだ陰謀に突き当たり、佐平次は二宮金次郎が開発中の土地を守るためにやくざと代官の立つ高台へ鉄砲水が流れるように穴を開けた。
第七話は、小便小僧の根付を彫って、内臓までちゃんと作っておしっこが飛ぶようにしてくれという注文。内臓の研究のために解体新書から鳴滝塾にかかわり、長崎の出島まで行ってしまう。幕府と薩摩の暗闘へまきこまれ、佐平次は出島の屋敷の穴倉の落とし穴に落ちてしまう。いっしょに落ちたのがシーボルトの猫だったが、この猫をつかって穴倉を脱出したあと、シーボルトの外科手術を見学させてもらい、江戸へ帰ってくる。

とまあ、なかなか風野が新シリーズの趣向をぴったり決めて面白い江戸ミステリになっています。
第二巻もすでに出ていて、「幽霊の耳たぶに穴」が文庫で書きおろされています。

宮部みゆき 「ぼんくら 上・下」講談社文庫 2004年 上下で556円プラス税、定価上下で1180円プラス税、

初出2000年。

道化回しは四十男の深川担当の同心、井筒平四郎。舞台は深川北町の鉄瓶長屋。話はその長屋の寝たきり店子の息子が殺されることから始る。目撃者は娘の妹。犯人は大家の久兵衛と店子全員への恨みだと言い残したという。
状況から見て娘が犯人くさいのだが、大家の久兵衛はあたしがいなきゃ犯人も戻ってこないだろうと長屋を出奔してしまう。
かわりに若い差配人として地主の湊屋の縁者の佐吉がやってくる。若くて勤まるまいと白い目で見られながらも佐吉はがんばるのだが、店子は家々の煩いのような事件が次々に起きて櫛の歯がぬけるように去っていくのを、平四郎はのんびり見守っていた。岡ッ引を使うのを嫌って自家の小者を一人使い、見回り専一で捕り物の方ではまったく手柄を追及しようとしないために「ぼんくら」と呼ばれているが、それも気にしない。上役も、ぼんくらでなければ、深川のようなところは介入しすぎて返って面倒が派生するから、平四郎でぴったりなのだと理解がある。
そのうち、平四郎もいくらなんでも、店子の減り方が異常だと感づいて、元店子の行き先を調べてみると、どうも裏で何者かが金を与え手をかして、少しばかりではなく鉄瓶長屋にいたころよりずっと安楽に暮らしていると判明する。佐吉と知り合うにつれて、元植木職人の若者がどうやら湊屋の主人の駒として使われていると気がつく。湊屋はなんでこんな回りくどい手の込んだことをしているのだろうと疑問は深まる。
そこへ妻の実家の次男坊の弓之介が井上家の養子候補として井上家に顔を出すようになる。稀に見る美少年の上に数字と計測マニアの一種の天才児は、商家の息子らしく人間心理の洞察力も大人以上で論理推理力も際立っていた。それでいて子どもらしい無邪気さもあるので、女達は一目で惚れ込むし、初めは反感を覚えた平四郎も親馬鹿になっていくのだ。少しやる気を出してみると、小者一人ではやはり捜査に支障があると、練達の岡ッ引、政五郎のところに出入りするようになると、弓之介と同じとしごろのおでこという記憶力の天才児と出会い、この少年と弓之介がまた親友になって、捜査に頭をつっこんでくる。おでこに聞けば、政五郎とその先代の名岡ッ引の経験知識がすべてでてくるのだ。計算装置と記憶装置がそろえば、あとはプログラムを平四郎が書くだけ。ぼんくら同心と天才児のトリオは一気に湊屋のなぞへと迫っていく。謎を解いても、いわゆる警察ミステリ捕り物帳じゃないから、ぼんくら同心らしく奉行所を公式に動かそうとはせず、無為のまま。ここらへんは、銭形平次が別名どじの平次と言われてる(テレビシリーズでは縛り上げ奉行所=警察にところてん渡しですが)ように、laisser faire、que sera sera.
宮部みゆきがミステリマニアに仕掛けてる遊びは「過去の殺人」かなあとマニアなら山勘で見通してしまう心理をうまく逆手に取って物語りを導いていくことですね。まあ、肉体的に殺すことと心を殺すことが同義だと思えば、この山勘もまんざら大はずれというわけでもないのですが。

宮部みゆきは、この話で意識的に歴史上の人名を出さないように書いていることに今度の読み直しで気がついた。江戸時代の初めでもないし、なにか不安の影がよぎる後期でもない。実は、「日暮し」では、弓之介の師匠の過去から時代の色がついてくるのだけど、この書では、ころはお江戸、ですむのんびりさがあるんですね。なんとかの改革とか、なんとかの治とか、やれ黒い蒸気船だ、水戸薩摩長州土佐のテロリスト藩だとか、白色テロ公家グループとか、47人の武装復讐団とか、そういうストレスがかかる単語とはまったく無縁の「お江戸」なんですねえ。
これを読んだのはたしか去年。速攻で、弓之介・おでこがさらに活躍する「日暮し」を単行本で買ってしまったのだった。

◎畑中恵 「ちんぷんかん」新潮文庫 2009年、250円、定価514円プラス税、初出 新潮社 2007年

妖怪の血がクオーターの薬種問屋長崎屋の跡取り虚弱過保護旦那の一太郎は大妖怪(このクラスになるともはや天界の神同然)の派遣番頭二人(二匹か)と長崎屋に取り付いている付喪神たちにガードされて、ほとんど布団巻き薬中毒依存症の人生を送っている。その若旦那に起こる数々の不思議事件の物語。
しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」「おまけのこ」「うそうそ」と書かれてきてシリーズ6作目。
今回のヒロインはさくらのはなびらの付喪神の「小紅」。最初、赤ん坊で現れてみるみる少女になって若い娘になるのを見ているうちに、若旦那はなんとか他の付喪神みたいに長生きさせたいと念じていろいろ努力しては熱を出して倒れるというのが主筋。それにサブテーマの義兄の松太郎の結婚騒動がからみつく。若旦那から離れていくものへ対しての執着みたいな感情を見つめるうちに、実は若旦那が長いといってもせいぜい100年の人間をやめて天界の住人になると言い出してくれないかなあと思っている妖怪番頭たちと同じ心理だと若旦那は気がつく。
うん、今度の話は人間臭すぎるなあ。。。
一冊目は古本で買って2,3冊目は新本速攻買い、4作目でなんかマンネリかなあと思ってまた古本待ち。ここにきてうん作家自身が少し変わりつつあるような気がしてきた。ファンタジイの書き手というのはミステリの書き手とちがって年ふると歳とるんだよね。