Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

010 諸田玲子「あくじゃれ瓢六捕物帖 こんちき」 中里融司 「お歌舞伎夜兵衛颯爽剣 夜桜の舞」 西條奈加「烏金」

「明日はポストが少ないから休んでね」とアブレて、それならと古本屋に立ち寄って二冊ほど買ったところで、電話、「増員が出て、振り替えたら黄色服が足んなくなっちゃったから、明日も今日と同じところに行って。。。」、まあ、ガード人生なんてこんなもの。その時買ったのが、相場英雄「みちのく麺食い記者 宮沢賢一郎 偽計」、これはすんなり決まった。もう一冊が上田早夕里さんの「魚舟・獣舟」。「さん」をつけてるのは、アサヒネットの会議室、ミステリパラダイスのオフで旦那さんの卍さんといっしょにいろいろお話聞かせてもらった顔見知りの知人のためです。ホント、新本で買う義理があるのに、古本屋で初めて見かけて、へえ、ついに古本屋に文庫が並ぶくらいメジャーになったんだなあと感慨深く、でも新本を探すために写真メモを撮って、そのままに、十日間もたってまだ並んでるのを見たら、つい買ってしまった。ものすごく奇麗に読まれて売られたらしい美文庫なんです。はい、上田さん、ごめんなさい。この次は新本で買います。

諸田玲子「あくじゃれ瓢六捕物帖 こんちき」文春文庫2007年 150円、定価524円プラス税、 初出 (株)文藝春秋 2005年

「お鳥見女房」シリーズで売れっ子になった、OL出身の吉川栄治文学新人賞と新田次郎文学賞を射落とした、いかにも人生のツボを心得て物にするタイプだなあと思ったけれど、1954年生まれだから、そう若い才能というわけでもない。文章も宮部みゆきみたいに文間に才能があふれまくるというようなものではないが、しっとりと落ち着いたでもどこか男っぽさも感じさせる筋太の跳ねることのない達意の文です。「お鳥見女房」も好きだったけれど、最近は、その男どもにあんまり魅力を感じないので、読んでいなかったら、このあくじゃれ瓢六にはまってしまった。

瓢六というのは、売れっ子芸者のヒモなのです。もともとは、長崎で美術鑑定(唐絵目利き)の修行もしたことがあるらしいし、通詞をしていたこともあるらしいが、江戸に出てきて博打と女三昧の日々を送るうちに、博打の咎で小伝馬町送りになった。強請事件の首謀者の容疑だったというから、悪の間で頭にもなれそうなカリスマ性があったのが仇になったのだが、北町奉行所の与力が捜査の才能を見抜いて、定廻り同心篠崎弥左衛門とコンビを組まされて、捜査の間だけ牢からだしてもらって手柄を重ねるうち、褒美で無罪放免になった。。。というのが、シリーズ第一作の「あくじゃれ」。
これが第二作です。売れっ子芸者のお袖に養ってもらって暇をもてあましているところへ、牢仲間の鶴吉が訪れて、貸本屋の賀野見堂をつれてきた。賀野見堂は女浄瑠璃太夫奥医師のところに出かけたきり戻らない上、奉行所奥医師がらみと、御法度の女浄瑠璃が被害者らしいというので相手にしてくれないから、瓦版を出して奥医師を叩こうと思う(今ならネット炎上みたいな騒ぎをやらかそうというわけ)ので、彫師と刷師は賀野見堂が手配するから、瓢六に文面を作ってくれという話。ま、これでチーム瓢六が結成されるエピソードを兼ねた、どんでん返しの面白さの話にまとまっていくんですね。これが第一話の「消えた女」。第三話「鬼と仏」では、大名の茶碗を盗んだ泥棒から行方を聞きだす為に再び牢に入ってくれという奉行所の半分命令みたいな依頼。まあ、これも見事見つけ出すが、その隠された場所が実に皮肉が利いていて、奉行所に持ち帰った弥左衛門は「十両やるといわれても、権兵衛の茶碗でお茶を飲むのはごめんである」と思う落ち。権兵衛って誰か?それは読んでくださいな。第四話「あべこべ」は、再び牢入り探索の話が持ち込まれたのだが、これが、お袖が女牢に入って明らかに誰かをかばって死罪になろうとしている女から真実を聞き出そうという依頼。瓢六は反対したがお袖が乗りのりで瓢六は解決するまで心配でろくに眠れない思いをする。第五話はまたもや牢内に送り込まれる話の「半夏」。牢名主が病気で療養所で死の床についているというので、牢内で後釜争いが起きて殺し合いまで起きているのを鎮めろという難題の注文。これの解決方法が諸田玲子さんの想像力のすごさを見せてくれます。ぜひ、一読を。「こんちき」が最終話で、うむ、これは筋を書くだけで興ざめもの。それにこの短編だけでは、面白さも半減するんですね。なぜかというと、これは、この短編連作の通奏低音みたいな、お家騒動から逃げ出してきた若様と母親を一話目で弥左衛門が長屋へ匿ったところから続いてるエピソードなんですから。

中里融司 「お歌舞伎夜兵衛颯爽剣 夜桜の舞」学研M文庫2005年、250円、定価648円プラス税

それほど文章がうまい人ではないけど、マンガ原作家からスタートした人だけあって、構成とプロット展開が非常に巧みで読ませます。キャラクタも立ちすぎる嫌いすらあるくらいに際立ったものを造形してのけています。
冒頭、いきなり御庭番組頭の妹の女お庭番が闇の庭を陰謀の連判状(おいおい、そんなもん今じゃ誰も小道具に使わないって)が仕込まれた宝刀を抱えて走る。駆けつけてくる許婚の若月左馬介の腕に駆け込む寸前、女隠密茜の背に追跡してきた月虹党の刺客の刀が走った。これが、いわゆるプロローグというやつです。
時は文化三年、奉行は、またしても根岸鎮衛。となると、江戸の妖異・怪異がわんさと出てきても不思議でもなんでもないという気がしてきます。そう、そのとおり、この若月左馬介は、普通の旗本の三男坊の芝居狂いをやっていても剣の達人なんですが、骨董お宝専門に盗む怪盗が裏の顔。これが文字通りピンチに「変身」すると、妖怪なみの怪しさの美形の役者姿に変じて、めちゃ無敵の強さを発揮するんですね。
盗みの目的と変身の秘密は、最後の最後で明かされるので、やはり読んでもらうのが一番。それとも、いま盛りの時代物マンガとして見てもらうのが一番かも。

西條奈加「烏金」 光文社文庫 2009年 250円 定価571円プラス税。 初出 光文社 2007年。

ファンタジーノヴェル大賞を「金春屋ゴメス」で取って、今までにまったくなかった時代ものハード・ファンタジーとでもいうべき世界を作って見せた才人が、そのファンタジー想像力を押さえ込んで、正統時代ものを書いて見せた佳品です。
金貸しのお吟婆さんが、焦げ付き債権の取立てに裏店をまわるところから物語は始る。おきまりの借金取りと貧乏人のやり取りが度がすぎて、浪人が刃物に物言わせかけたところへ、主人公の若造が登場して、腰を痛めたお吟を背負って救い出す。 男は浅吉と名乗って、腰の痛みをこじらせてしまったお吟に、かわりに取立てをしてやろうと持ちかける。お吟は、自分の隠し金が目当てと看破するが、浅吉は、浪人を明日中にお吟の元へ自分で足を運んで金を返しにくるか、こないかで賭けをしようと提案してきた。お吟は、掛けに乗ってみようという気になった。
浅吉は、浪人を尋ねて、用心棒の口を紹介し、複数の借り入れ先からの債権を、一つにまとめてお吟からのものとして、烏金(日返し)から節季貸しに切り替えた。
koko-----------------------------------------------------------------kara
借金をこさえる輩は、総じて利に疎い。一日でも速く金を返すことより、期日が延びたり利息が減ったりしただけで、えらく得したような気になるのものだ。
「別にあの旦那を騙したってわけでもねえ。双方に利がありゃ、それで結構じゃねえか。どうだい、お吟さん、おれの手並みは。雇って決して損はねえぜ」
koko-----------------------------------------------------------------made
それでも渋るお吟を、理詰めの押しと泣き落としとで、浅吉はお吟の家に出入りするようになる。
お吟の客の焦げ付いている債権を、お客の経済の建て直し方法を提案しながら、軽くさせ、返済させていくエピソードが次々と人情話仕立てに展開していくので、お、これは六道慧の「御算用日記」シリーズの民間長屋版かと思い出す。でもそれにしちゃあ、このモノローグを展開している主人公の浅吉は、なんか胡散臭く、影がある。
躓きは庶民や浪人相手のコンサルタントでは起きなかったが、数少ない侍客が最初の落とし穴になった。侍客は、一時的に経済が立て直されても、もともと不労不生産と見え張り暇つぶし浪費の借金体質のために、人間によほど節度がない限り、再び借財にまみれ、その穴埋めに新しい借り入れ先を探すようになるが、適当に安い利で借金体質のものに貸して巨利を得る札差へ頼り戻るしかない。しかし借金を一時的に返す時に見せた侍の奢りに対して仕返しもこめて、札差はコンサルタント浅吉にたよればという断り口上を投げつけた。侍どもは、浅吉が古い借金先から新しい借金ができないようにしてしまったのだから責任を取って、金を貸せとせまってきたのだった。あたしゃ関係ないよとお吟まで姿を隠してしまう。
この危機は、札差との商売上の裏カラクリ暴露脅迫の直談判で解決したが、浅吉とお吟との間に不信の芽が育ちだし、その上、浅吉の過去の恋のしがらみのツタがまといつき、子どもの客(日銭の客だからこどもが相手もありうるのである)への情移りまでくわわり、やがて、それらが一気にはじける日がきた。
浅吉はどん底に落ちるのだけど、そこから、それまでお吟への思惑がらみで助けてきたものたちから、逆にたすけられて、浅吉は再び立ち上がって、生まれ故郷へと戻っていく。ハッピーエンドの人情話なんです。
まあ、個人的には、舞踏派はピカレスクロマンの味もある「金春屋ゴメス」シリーズの方が大好きですが、山本一力の人情話が最近とみに、説教臭い・・・クサミを感じるなあと自分の老人性根性曲り症候群を自覚してるせいか、西條の人情話の方がすっきりと楽しめます。