003 (画)佐伯かよの (作) 新谷カオル 「Quo Vadis クオ・ヴァディス 8」幻冬舎コミックス 2011年 (株)幻冬舎 590円プラス税
quo はoù(どこ、何処)で、 vadis の不定形はvadereでaller (行く) Où allez vous? (君は何処に行くや?)となる。 ま、クオ・ヴァディスというカタカナ題名は、1905年のノーベル文学賞のHenryk Sienkiewicz のQuo Vadis で日本でも有名になった。 もともとは、聖書外伝の「ペテロ行伝」で、ネロ皇帝の大迫害から逃れてアッピア街道を急いでいたペテロ一行の前に光の中イエスが歩いてくるのがペテロだけには見えた。(まあ、逃げ足のペテロですからね。イエスの受難の時も、イエスを否認して逃げたくらいだし。)で、思わず、ペテロはDomine, quo vadis? とイエスに尋ねた。「主よ、何処に参られるか」「君がわが民を見捨つるならば、我が受難にローマへ向かわむ」あちゃあ、これは年貢の納め時とペテロはローマへと引き返して、逆さ磔で殉教する。シェンキヴィッチはこのやりとりのあとで、ペテロがローマへの道を引き返し始めるのをみた弟子達が「師よ、何処に参られるか」と尋ねる。見事なペテロの信仰の逃亡からの止揚ぶりを描いてみせたのですね。
と書いても別にクオ・ヴァディスを全部読んだわけじゃありません。大昔、文庫かなにかで最後の部分を立ち読みして、あ、これは敵わんわ。。。と(当時はどっぷりギリシア悲劇に漬かってましたから、重い話はそれ以上ごめんだった)逃げてしまったため、読むチャンスも、今になってはシェンキヴィッチの翻訳すら買うチャンスも失ったのです、lol。
そのQuo vadis を、新谷カオルが「私達は・・・・・いったい何処に行くんだろうな」と跳訳しちゃったところから、この新谷夫脚本佐伯妻画作の夫婦合作コミックが誕生するわけです。それなら Quo vadimus? クオ・ヴァディムスなんだけどなあ。
Quo Vadis 1 2007年8月刊
連載1回目は、満月の夜の教会で一人、「やはり、ここではなかったか」と軽く落胆する若い男へ、黒髪・黒のローブの女が鞭を持って襲いかかる。鞭は壁のレリーフの天使の首をはたき飛ばし、足元に転がった天使の首を女は蹴飛ばす。
「おやおや天使を足蹴ですか」と男はからかう。女は男を「真祖(オリジナル)」と呼び、「ドラキュラ」とも呼んだ。鞭を取り上げられて、スカートの下から拳銃を引き出した女、「氷のソフィア」を軽くかわして男は消える。同時に夜の鳥が二羽教会から飛び立つ。まるで男が鳥か蝙蝠に化けたみたいに。
男の名前はオーディン・クレマン、古物商で世界を旅しながら商売をしていた。年齢は30前後の黒髪長身のハンサムガイ。ホテルでオーディンはアルゼンハイムの光る菩提樹の噂を確かめる。
一方、女は、海辺の邸宅の客としてディナーに招待されてワインを味わっていたら、それが毒酒。「酒に何をいれた」「ちょっと聖水を」という主とのやり取りに続く斬ったはった。。。女の武器は「カインの剣」。これで切りまくられ、主も使用人も次々と灰に還って風に吹き散らされた。「評議会の狩人」と主は言い残し、切捨てた主や使用人に女は「お前達セカンドとは違う」と差別発言めいたことを言い捨てる。
一方、オーディンは夜の森で光る菩提樹を発見して両手から念波みたいなものを送り込むと幹の中から金髪碧眼の十歳くらいの眠る美少女が現れた。
少女はオーディンより十歳年上のフレイア教授だった。なぜ子どもの姿に逆行してしまったのか。
すっかり目覚めたフレイアは、ロンドンのオーディンの骨董屋で骨董に囲まれてつぶやく。
「本当にお前(オーディン)の事務所は汚いなあ・・・・・でもこのゴチャゴチャ感は嫌いじゃないぞ。研究所のF-4ブロック(オーディンに言わせるとガラクタ置き場)が私は好きだったよ。研究に疲れた時にあの中に入ると妙に気持ちが癒される感じがしたものだ。試行錯誤や希望、絶望を繰り返し、人が紡ぎ出した歴史の残骸・・・・・英知と探求の心が生み出した科学の澱・・・・・そして人間は自分自身を追いつめる・・・・・私があそこで癒されるのは自分にもっとも相応しい場所だと感じるからだろう。人の形態をしたガラクタ・・・・・遺伝子操作を繰り返し、無限の新陳代謝を可能にした不老の肉体・・・・・・人類の滅亡を救うべく研究の継続のために人工的に造り出された命だ。人と呼べるのか・・・・・それを」言葉を失うオーディン。「すまぬ、思い出して愚痴が出た。それにしても、なあ、オーディン、クオ・ヴァディムス」
Quo vadimus? 私達はいったい何処に行くんだろうか?
Quo Vadis 8 2011年2月刊
一巻目ラストで、ドラキュラみたいな伯爵に襲われて恋人のリズを失った元外科医のジャーナリストのエドがソフィアをつけて、伯爵の寝棺の並ぶ邸宅に忍び込み、リズに首筋を吸血され、ソフィアは仕掛け白木杭に胸をつき抜かれて倒れた。2巻目で伯爵がソフィアの首を落とそうとするところへフレイアとオーディンが現れて、二人を救い出す。エドには万能血清毒を処方して、吸血鬼になるのを防ぎ、ソフィアはオーディンの寝棺へ入れて再生治療で治療した。
この治療のせいで、エドの血だけを吸血し続けたリズはハンターの剣でも毒でも灰にならない体質に変化した。
《吸血不老体》の出現は、フレイアやオーディンと一緒にタイムマシーンで過去へ、「人類の運命の破滅への分岐点」探しの旅に出た仲間の一人のさびしがりのジョシュアが、一人の寂しさに耐えかねてマリアという女と夫婦になり、子どもを残せない替わりに不老の肉体になった体をウイルスの力で子どもをつくれるように変えることに成功したものの、不老の肉体を老化させる体質にもどすことには失敗した研究に原因があったのだった。ものがウイルスだけに、ジョシュアの子どものイエスもオリジナルタイプのウイルスを持っていることになり、不老ゆえに長生きすればするほど、行く先々でウイルスを世界に拡散させることになる。イエスが受難して(不老で完全に焼けでもしないかぎり復活する)キリスト教が広まるにつれて、吸血不老体も増えて、前世紀あたりから吸血鬼と呼ばれだした。
当然ウイルスは変異していくから、イエスによる第一代(ファースト)(イエスの血を受けたという聖杯に残っていたウイルスによるものも含める)とファーストによるセカンドまでがヴァチカン(=評議会とやらで、イエスとの関係は不明、教皇をトップにする現存教会とは別ものではあるが、その表の教会も操っているらしい・・・・・不老の存在だから、一度政治権力と関係をつけられれば、その権力構造は時間経過と共に強力な影響下に入ってしまう)の管理統制下にある。第三代(サード)も不老であるが、この世代でウイルス遺伝子は自己破壊する変異を起こし始めているというのが8巻目。
イエスがついにオーディンの隠し屋敷に少年の姿で現れて監視カメラにメッセージを残し、「最後の審判」(最初の大破滅)を予告する。
フレイアが幼体に逆行した謎も解き明かされる。二百年以上も前、少女時代のソフィアの命を助けたために魔女として追いつめられたフレイアが菩提樹の中へ《生体同調》で隠れたのだが、眠りすぎてしまった。覚醒後、植物化し始めていた動物の肉体を無理に引き剥がしたため、フレイアの寝棺(ライフ・カプセル)もフレイアを再生できず、残り48時間の命と知ったフレイアはその短時間に、己のクローンを菩提樹の中の残存細胞から育てるプログラムを作り上げて死亡する。
その死体と寝棺はイエスによって先に発見されて、ジョシュア(イエスの受難後、ベスヴィオス山の火口に身を投げて消滅したことになっている)の寝棺とすりかえられて、バートリー夫人なる吸血鬼ギルド長の手を経てオーディンの手元に渡るが、八千年以上生きてきたゆえに慎重すぎるくらい慎重なオーディンは、バートリー夫人が棺を発見した、フレイアが未来からジャンプしてきた洞窟へと戻すことにする。
オーディンとフレイアが洞窟へジョシュアの棺を運び込むと、そこにはフレイアの棺が戻されていた。そのフレイアの棺からフレイア教授のオリジナルの死体が生前のままの生体同調引き剥がしの傷のままに出てきた。フレイアが棺の情報を引き出しに入るために、オーディンが死体を抱き上げると、その腕の中で死体は灰に還って崩れた。
フレイアは、自分がクローンコピーでオリジナルは死亡したという情報を取り戻し、掌接触伝達でオーディンに記憶を共有させたので、オーディンも真相を知る。二人が、灰の一部とフレイアの棺を持って立ち去った後、イエスが現れ、やはり教授の灰を袋につめて、つぶやく。
「オーディンはあなたを探し続けてやっと会えたのにね。本当に・・・・・・人の想いはままならないね。お父さん・・・・あなたは寂しかったの?悲しかったの?後悔してたの?きっと・・・・・全部だよね。だから目的も理由も全て捨てた・・・・」「教授、あなたにはもう一働きしてもらわなくちゃね」と次元移動して消える。
まあ、ヴァチカンの支配者の盲目の予言者少女のアテナ(イエスが不老化させた)とか、同じくヴァチカンハンターで元はパルモ家のお姫様の毒師のルクレチア(ルー)・パルモとか(彼女はイエスと寝たと自分で言ってる。そうするとやはりソフィアも寝たと思われる)、オーディンに片思いの女骨董商のサラとか、魅力的な女性キャラが出てきてます。あ、もう一人、イエスの母の永遠の処女のマリアも出てきますね。彼女もまたジョシュアのウイルスのオリジナルのキャリアなのです。
アテナの場合は、時々子羊(幼女)の血を吸ってるようだけど(イエスと寝てないせいだと本人は思っている)、ソフィアとルーは血を吸えない。吸うと、体内にイエスが仕込んだ彼女達の武器のカインの剣によって灰に還るのだとか。バードリー夫人の場合は、サードを作らないために吸血はしないという。ま、フレイアの棺に材料として使われたスピリチュウムなる物質のおかげで血なしでも生きられるようになったとか。
このマンガの世界はこの世界に見えているけれど、未来からオーディンやフレイアがジャンプしてきた時点で、ひょっとするとこれは「並行世界もの」かなと最近思い始めました。とすれば、今後の展開はなんでもありですねえ。三位一体説から考えると、ジョシュアの知識も想いもイエスにそっくり伝わっていても不思議でもなんでもない。ジョシュアの未来知識をイエスが共有していれば、クローンをつくるのも可能だろうし、フレイアのクローンが幼体でとまっているように、イエスも30男からマンガのように美少年になっていてもおかしくはないだろうとアホなことを考えたりします。いや後の展開が楽しみですねえ。
でもあんまり人気作品になって話題になると、チガイのわからない野暮なキリスト教原理主義者過激派からテロられかねないな。 みなさん、こっそり楽しみましょうね、lol。
少女を描かせたら、旦那より奥様の方がやはりうまい絵ですねえ。話の構想力は旦那のものだというのは、新谷ファンは体感的にわかる。ソフィアとかルーとかサラとバートリー夫人の描きわけはやはり女性の感性ですねえ、新谷だとみんな子ども女のキャラばかりになって大人の女の感じがなくなるもんね。
それに、なんといっても少女姿のフレイア教授のグラマラスな絵です。グラマラスというとどういう美人かというと、デヴィッド・ボウイの女装とか、シルヴィ・ヴァルタンの交通事故整形後の三十代のころとか、今だと、あの海賊俳優の女房のヴァネッサ・パラディみたいなイメージです。そう往年のマレーネ・ディートリッヒでしょうか。あの怪しさを10歳の少女で描いてみせることのできる表世界の漫画家は佐伯かよのしかいないでしょう。