Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

【heiji】011 多田容子「おばちゃんくの一 小笑組」PHP文藝文庫2011年、芦川淳一「兄妹十手 江戸つづり」ハルキ文庫 2011年、

暑い暑いで七月入り。本屋に涼みに入って、つい二冊ほど買ってしまった。部屋に帰って大汗かいて読了。やはり面白い本は暑さも忘れさせてくれますねえ。

◎多田容子 「おばちゃん九の一 小笑組PHP文藝文庫 2011年 590円プラス税

多田容子の時代ものは、苦手だった。生真面目すぎるくらいに柳生流の武術に入れ込んでいる女流が、まじめに武道小説を書いてるという感じで、ちっとも面白く思わなかった。でも、多田が武術研究家の甲野善紀の弟子筋なものなので、その体術についての文章は好きで読んできた。甲野さんよりずっと分りやすいのは、多田が普通人の肉体で手裏剣術や、古武術を習いものにしてきた、その学習経験が語られるせいだろう。甲野さんは、武術家独特の肉体的天才部分で見つけたものを語るには天才が過ぎて飛躍しすぎて、常人には追体験できないものが多いのである。できるようになって、初めて分る言葉というのは、それはそれでありがたいけど、初学者には感覚がつかめないだけに難解すぎるものなんですねえ。その点、多田の解説は追体験できるのである。
物語、小説というのは所詮は嘘語りである。そこに現実の技に裏打ちされた戦闘技術描写が強く現れると、その読む戦いがさっぱり面白くないのである。それに、彼女の根っこになってるのが柳生流体験(中伝もらってるなんて、たいしたもんです)である。この柳生流というのは江戸柳生の江戸期を通じての言語化された武術もどきなもんで、道学、爺の人生訓みたいなつまらなさ、いかがわしさを振りまく。格闘者の思想としては常に体制よりの保守主義であるから、戦士が持つアウトローの側面を消毒してしまう。たかが人斬り包丁ではなく魂をラベル貼りされた権威の神刀使いとなる。まあ、猪木がダーっというようなパフォーマンスを抜きにして、マットに寝そべって、ひたすら相手の足の破壊を狙うようなことばかりやってたら、とうの昔に新日本プロレスなんか倒産霧消してしまったにちがいない。多田の武道ものというのはそういう感じだと舞踏派はとらえていたのである。ところが、最近、俗っぽい編集者たちとも付き合えるようになったのかもしれない。一皮向けた。
この「小笑(こえみ)組」は、まじめな柳生流剣術遣いの伊賀ものの上忍家にうまれた百地勇馬を道化まわしに、二代秀忠の時代の女忍者ものを作り出して見せた。
まだ、ところどころ、古武術や柳生流の技術薀蓄やら学習体験が、そこだけ浮いて出てくるところがあるけれど、豊臣氏を滅ぼして、経済中心地の大坂での徳川幕府の不人気ぶりをなんとかしないと、いずれ反感が反抗へと育ちかねないと、秀忠とそのブレインたちは考えて、情報戦(パブリックリレーションってやつですね)をしかけるため、「広伝方」を設置して、その頭領に秀忠の若い叔母の小笑(こえみ)をすえた。もちろん、舞台は大坂である。大坂奉行をも下に見る、上には将軍しかいない。敵は、真田残党の猿川弥介を頭目にする「背徳組」。
合法統治政権として、ええかっこしいイメージを確立しようという徳川洗脳戦術に、全国の一万の牢人を組織して、逆宣伝で権威失墜させれば、幕府は力での弾圧策に踏み切り、その専制主義丸出しの正体をみせるだろう。大名たちだって、融和の見せ掛けにだまされていると気がつくかもしれない。様子見の外様大名あたりも一万の牢人勢との武力衝突のもたつき具合によっては、反徳川で動き出すかもしれないという、かなり紆余曲折のありそうな粘りを要求される倒幕戦略である。
この猿川、軍略家であると同時に、おそらく当代一の武術家でもあり、徳川の暗殺部隊の手練者のだれも、柳生一族を含めても歯がたたない。そこで、小笑組にまだ未熟ではあるが、素質は徳川側のナンバーワンの勇馬を育てさせなる一方、小笑の才覚でPR戦に勝利を目指すのが秀忠幕府の戦略。
まあ、それだけの軍略家が、ほとんど悪女みたいな女にはまり込んでいるという弱みを小笑が徹底的について、牢人たちと猿川の間を裂くのに成功する。最後は剣の決着を勇馬がつける。
まあ、なんか、もう少し読者が納得できるように背徳組の分裂崩壊を描けないものかという後味が残るけれど、今までの多田にかけていた、けれん味がたっぷりくわわってきたのには、次回作が期待できそうである。
それと、男たちが、なんか、あっさりした性格なのが課題ですねえ。けっきょく、男はみんないい男すぎるんですね。小沢とか森とか小泉とか管みたいなうんざりするようなねちっこさと面の皮の厚すぎる男が一人もでてこないというのは、不自然すぎますねえ。秀忠なんかかなりの陰謀家の裏の顔をもってたはずなんですがねえ、Lol. 秀忠の時代ならまだ野心家政宗も生きてるから、次は政宗を脂ぎった権力の夢をくすぶらせてる陰謀家にして、小笑組とぶつからせてもらいたいもんですね。

追記:「武術の想像力」甲野善紀 多田容子 (PHP文庫 2004年 300円定価571円)P.235

「七十四 時代小説と時代劇」という小見出しの下で多田がこう語っている。
kokokara--------------------------------------------------
忍者の跳躍の話ですが、J.A.Cの人達というのは、この「飛び降り方」を見せるプロでした。(中略)千葉真一さんといえば、何といっても「柳生一族の陰謀」ですね。(中略)私が、柳生十兵衛のいた寛永年間に目を向けたきっかけは、間違いなくあの番組でしたね。最もショッキングで印象に残っているのは、この柳生シリーズのある話の中で、十兵衛が上方のほうへ来るんですね。すると公儀、つまり幕府の使いだと言って身分を明かしても、庶民が全く恐れ入らないんです。彼らは、京のお公家が偉いとしか思っておらず、江戸の幕府なんて、どれほどのものなんだ、というような台詞をはきます。「暴れん坊将軍」や「水戸黄門」の世界と、常識が異なるわけで、驚きましたね。単に、それまで歴史を知らなさ過ぎたといえばそれまでですが、江戸時代にもいろいろな時期があったし、幕府も初めから権威があったわけでははないのだ、というのがすごく実感として分り、納得しました。このシーンや台詞事態が、正しいかどうかは別として。
to---------------------------------------------------------------------kokomade
なるほど、このショックから、「おばちゃん九の一」がうまれてきたわけですねえ。(22 octobre)

◎ 芦川淳一「兄妹十手 江戸つづり」ハルキ文庫 2011年 角川春樹事務所 648円プラス税

時代は、根岸肥前守の後任者岩瀬加賀守が南町奉行になったばかり。(その前は普請奉行を経て、勘定奉行について、一年もたたないというのに、前任者死亡でトコロテンに奉行になった感じかなあ)文化・文政の足掛け五年ほど奉行をしていたらしい。奉行自身についての資料もネットでは在任期間以外はほとんどないくらいだから、作者もいい時期に目をつけたものである。自由に書ける。
14歳で見習いを始めて、21歳の今も見習いの番方同心の役者顔二枚目の立原清一郎は、妹の美琴と二人暮し。見回り同心だった父親を殉職で失っていずれは、自分も見回り方と楽観して見習いをしていた。妹は、男髷に結って外出するような剣術遣いで、清一郎は絵が趣味で剣術の稽古はサボりがちだが、才能はあると周囲から見られている。(この周囲から評価されてるという自覚がある主人公のキャラクターが陰のない若者のイメージなんですね。うまい設定ですねえ)
そんな日々に、道場仲間の松田三郎太が、アルバイトの用心棒先で盗みに入られて殺人の容疑者になっているという事件がおきる。今ひとつ、役目に遠慮して動きの悪い兄に痺れを切らせた美琴が町娘に化けて被害者の商家へ女中として入り込み、その情報を清一郎が見回り方に流して真犯人を捕まえさせるのが、第一話「隠密娘」。
第一話の隠れ働き(実は妹のものなのに、兄のものと)を与力と奉行が評価して清一郎は、いきなり弱冠21歳で、前任者が負傷して空席になった隠密回り同心につくことになる。任務が始る前の隠密まわり見習い中に、定町廻り同心の柊東十郎が逆恨みした蝮の久兵衛という島帰りに狙われていると、柊の娘で今八丁堀小町の柚理から美琴が相談を受けた。柚理と兄を一緒にさせたい美琴はこれ幸いと、アンミツ屋で待ち合わせの段取りを強引に設定したが、いくら待っても柚理が現れない。なんでも若い侍にかどわかされたという。目撃者の小娘から聞き取った人相書きを清一郎が書き、柊に見せると、蝮にそっくりだというので、兄妹は蝮を追いつめて、その仲間とともに捕まえたが、柚理の誘拐とは無関係だったと判明する。めげない二人は、直ちに方針を切り替えて、柚理のストーカーを発見追いつめたら、これがとんでもない剣術遣いで、二人とも危うく命を落とすところだったというのが第二話「かどわかし」。
二件の成功で調子に乗った美琴がいよいよ本格的に清一郎の仕事に首を突っ込んでくる「娘同心」。三話を書いて、いよいよ登場人物のキャラが固まって、芦川節とでもいえるような、ペーソスのきいた人情ものが佳品にまとまった「七化けの弁五郎」では、やっと清一郎が美琴が歯の立たなかった剣客の悪党を切り伏せて、兄貴の株を上げてみせたが、美琴は悔しくて、さらに木刀の素振りに夢中になる。
あとは、こまっしゃくれたちびっ子ギャングみたいな脇役がでてくれば、完全な芦川ワールド。シリーズ次作が楽しみですねえ。