Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

018 半村良「かかし長屋」 陣出達朗「伝七捕り物帳(一)」千野隆司「夏初月の雨」

冬休みの三日目である。なんでこんなに早く休み入りしたかというと、現場作業内容が一段落して、列車見張員がいらなくなったのと、他現場も似たようなもので警備員の立哨ポスト数が減って人が余りだしてるはずなので、勝手休みをとってもいいだろうと思っただけのことである。初日の日曜日はいつもの通りに寝て過ごし陣出達郎の「伝七捕物長 一」を読み直し、昨日はデンシチからみで町書役伝七郎が探偵役の千野隆司「夏初月の雨」を読んでから、ふらふらと食料買出しにでた。もうすでに五時を回っていたが、帰りに古本屋を覗いて、小池滋の「余はいかにして鉄道愛好者となりしか」を見つけた。一冊だけではとおもって、高田崇史「カンナ 飛鳥の光臨」も拾い、ついでにトンデモ本の「龍蛇族探求の原点 【イカの線刻石】」浅川嘉富も買ってしまった。どうみても、イカサマな石の絵がけっこうおもしろく見えたのだった。で、若い店主のカウンターの上に、佐野未央子のマンガ「日日べんとう」の1と2がビニールカバーで積んであったので、衝動買い。衝動買いといえば、たらさわみち「僕とシッポと神楽坂2」も金曜日に手を出していたんだった。で、戻って、料理するつもりだったのだが、少しばかりくらくらと眩暈がしたのと、胃が痛むので、布団にもぐりこみ、「にちにちべんとう」と如何物絵のイカ石の絵を見ながら眠ってしまった。
で、三日目は河北病院へいくのだが、その前にこれを書いてしまおうというわけ。

半村良「かかし長屋」集英社文庫2001年、150円、定価648円プラス税、初出祥伝社ノン・ポシェット1996年

もともとは読売新聞の連載だったようで、1992年に読売から単行本が出て、93年柴田錬三郎賞を受けた。
浅草三好町の貧乏長屋のひとつの『かかし長屋』が舞台。最初に「ドザエモン」と叫んで登場するのが、ガキ大将の源太、その声に出てくるのが姫糊屋のおきん婆さん。ついで、五十男の勘助、左官の熊吉の女房のお鈴、大工の辰吉の女房のおりく。長屋の木戸番の万吉。おりくの娘で源太の妹のお末。ぞろぞろと土左衛門見物に出てきて、土地の御用聞きの親分権三郎が出てくるのを潮に引き上げる。おりくは長屋の立て主の証源寺の二代目和尚、忍専へニュースを知らせに源太を走らせる。 死人がらみの事件で生きてる登場人物を紹介していく、半村の語りのうまさがさえます。
(もともと、この三冊は7月にアップするつもりで、半村だけ、ここまで書いていたのだった。続きを書こうと思ったのだけど、もう粗筋を忘れてしまっているので、ここまで。面白かったのは確かだから、正月にでも読み直そう。lolol)

陣出達朗「伝七捕物長 1」春陽文庫 1992年100円 定価税込み500円 初出1968年

『女狐が来る』『歩く纏』『花水後日』『黒猫の謎』『仇討ち蝉』『地獄で極楽』『怨みの松茸』の7編の短編に中篇『夜叉牡丹』の組み合わせ。旗本退屈男ほど古くはないけど、若い人たちには1960年代の作品だから、古色蒼然たる文章かもしれない。プレスリービートルズシルヴィ・バルタン、アダモの時代だもんなあ。
時は金さんの時代、時々女装して女犯坊主の寺や、京都御所に潜入捜査するような美男子なんだから、小柄とおもいきや、けっこう長身らしいのとつっこみたいのだが、シャボン玉ホリデー風に言えば、言わない約束でしょ。
『女狐が来る』は、一段目が日本橋箔屋町の丸井屋呉服店のおもてに音もなく女かごが止まる。担ぎ手は見えない。冬も盛りの二月六日の夜。番頭がキツネの鳴き声に外をのぞいてみると、こんな具合。
Koko-------------------------------------------------------kara
日本橋の本通りとちがって、箔屋町となると、人通りも1/3以下になります。まして、夜も十二時をすぎると、ねこの子一匹通るものではありません。月齢は六つの幼さでしたから、この時刻にもなれば、とうに江戸城の森のかなたへ、とがまのような、光る欠け輪を沈めてしまって、いまは、空にいっぱいの星くず。往来は鼻をつままれてもわからない、漆黒の暗さです。  そういう暗さのなかにあって、黒ぬりの女かごが、道の真ん中におかれてあるのを、茂三郎(番頭さんです)が、ひと目でそれとわかった、というのは、いささか話がうますぎるきらいがありますが、じつは、そのかごのなかから、ぼう・・・・・・・・と蛍火のような淡いひかりが漏れていたので、それと判断がついたのでした。
引き戸かごのばあいには、中にあかりをつけていても、そとへ漏れないのが普通ですが、そのときのかごは、例外だった、ということからして、すこし話がおかしかったのでした。
koko--------------------------------------------------------------made P.3
うん、ちょっと他の作家には出せないこの雰囲気の文章です。理性的でありつつ、オカルトな雰囲気があります。感じの使い方、アラビア数字の使いっぷり、十分に計算された文章なんですね。
番頭は気味悪くて一人じゃあ引き戸を開けられず、手代を呼んであけてもらうと、現れたのは
koko--------------------------------------------------------------kara
年のころは、十九かはたち、髪はたれ髪で、白いはだ着に、千羽鶴の模様をいちめんに散らした小そでをかさね、小菊もようの唐織りの帯をしめ、小判ぢらしの被衣を着て、前の小机の上にはじゃ香かなにかのいいかおりのする香をたき、青白い炎のもえる、かわらけが一個、それが蛍火のように、かごの中の美人を、ぼうと浮かしてみせているので、その美しさの凄絶、妖艶なことといったら(以下略)
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で、この妖しは三河豊川稲荷の使いですと名乗る。要件は、主の源兵衛の15年前の願掛けをかなえてやったのだから、約束通り、赤坂の豊川稲荷へ五百両奉納せよ、というもの。言うだけ言うと、かごは、「ふわtっと浮き上がり、音もなく、すう・・・・・・と宙をとんで二十間ばかりかなたへすっとび、かごのひき戸のほうが、こちらへ向いたと思うと、こん!とひと声、青白い蛍火が、ぱっと消え、それっきり、何もかも見えなくなってしまいました。」
というような怪談話を伝七のところへ持ち込むのが、子分の獅子ッ鼻の竹さん。で、伝七親分、竹さんと走り回って情報を集め、真相を推理して殺人を未然に防いで罪人も出さずに、解決してしまう。
最近の血なまぐさいテレビドラマ脚本家の転職作家による時代物にくらべて、ああ、昔はおおらかだったなあ、のどかでしたねえ。

千野隆司「夏初月の雨 へっつい河岸温情番屋」2013年 (株)コスミック出版 定価629円プラス税

夏初月は「なつはづき」と読むらしい。能勢伝七郎は旗本で250石、奥御祐筆だったのだけれど、妻の癌闘病の面倒をみるために、格下の表御祐筆に替わったのが、父親の怒りを買い、妻との死別のあと、隠居して家を出た44歳。
とりあえず幼馴染の名主の紹介で仕事は見つかって、自身番の書役だった。給料も一月一両で、独り者には十分なもの。のんびり、市井の町暮らしで余生を送るつもりが、伝七郎の性格もあって町の出来事にかかわらざるをえなくなるけっこう忙しい仕事だった。
狭義で町人というと、町入用(町の運営諸費用)や幕府に対する諸役負担を担い、運営を担う権利を持った住民と千野は説明する。地主、家持の階級である。長屋の住人は町入用を払わないから、公式には町民ではないことになる。
町はかまど職人が多かったので、一帯の長屋は「竈(へっつい)長屋」と呼ばれていた。名主は、幼馴染の笙左衛門。でも、この時代ものには、あまり出てこない。
始終顔を出してくる町人の筆頭は、月行事も務める間口二間の古手屋(古着商)の楓屋の女主人お代、54歳。彼女が長屋の姑役。年増のヒロインが子持ちの飯屋の女将のお絡。貧乏長屋の子役の兄弟、と人情物のツボを押さえた脇役をそろえて、中篇が三つ並んでます。
『夏初月の雨』は、その兄弟の兄の方が川遊び中に人殺しを目撃して、犯人から付けねらわれるのに気づいたお代が、子どもを預かって守りなさいと自身番へ連れてくる。自身番の他の者が面倒から逃げてしまうので、伝七郎はやむなく、子どもたちを24時間ボディガードするはめになる。犯人の旗本次男坊が襲ってきて、伝七郎は免許皆伝の小太刀の腕を初披露して、犯人を捕らえてハッピーエンド。
『梔子の香』は、なじみの飯屋の女将のお絡を離縁して消えた夫が渡世人として現れる話。
『未央柳の涙』は、なかなかに凝った題名がついてますが、ビョウヤナギと読む、日陰で作金色の花です。江戸時代にビョウヤナギがあったのは初めて知りましたが、これは江戸時代版のオレオレ詐欺話。お代の養子で手代の良助が、離縁されて実家に戻って両親をなくし、一人で生きている女が騙されかけているのに気がついて、後家金貸しの義母の仕事の合間に蔭から守ろうとしているのを不審に思ったお代から調査を依頼させられた伝七郎が手を貸して詐欺を未然に防止するという話。
三つとも、道学風の説教臭さのない人情話で、手馴れてるなあと感心しちゃいました。