Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

027 長谷川卓「 高積見廻り同心御用控 百まなこ 」「高積見廻り同心御用控 犬目」「戻り舟同心」「戻り舟同心 夕凪」「戻り舟同心 逢魔刻」「戻り舟同心 更待月」

長谷川卓は最近流行りのTV脚本家あがりの時代物作家ではない、ちょっと硬派の作家です。硬派とはつまり、こう設定してこう書けば受けるだろうなという(まあ、職業としての作家なら大なり小なりあるんだけど、TV時代ドラマつくりにかかわってると、「受けねらい」計算が巧になる)計算をあまりやらないでプロットを仕立ててくるという意味。
したがって、けっこう調べぬいて書いているけれど、リアルさにこだわって話を損なうようなこともない。でも、奉行所同心=庶民の味方=金にこだわらない=賄賂はとらない==清貧ごのみ=貧乏同心図式というのをきれいにあっさりと4行でフっ飛ばして見せてるのが「百まなこ」。このシリーズは「百まなこ」「犬目」「目目連」の三部であっさりと完結しているし、最初にブックオフで見つけたときに三冊買わなかったために、一年以上「犬目」が新本屋でも古本屋でも見つからなかった。そのうちに「戻り舟同心」シリーズが出始め、そちらと比較して、なんかつまらなく思えてきて、「目目連」なんかは年末大掃除で捨ててしまった。「百まなこ」は4行の資料分だけの保存価値で手持ちに残していた。
世過ぎの現場が池袋で、その帰りに「じゅんく堂」「三省堂」をのぞけるので毎夕30分ほど、本棚をのぞいてたら、「高積見廻り」シリーズが三冊そろっていた。「犬目」を速攻でゲットしたのはもちろんであるが、しかし・・・・まあ、こっからは一冊ごとの記事で語ろう。

長谷川卓「 高積見廻り同心御用控 百まなこ 」祥伝社文庫 2007年 祥伝社 360円 定価638円+税

一応、筋を書いておこう。探偵役は南町奉行所高積見廻り同心・滝村与兵衛、39歳。組屋敷に母と妻と長男と暮らしている。禄高は同心であるから30俵二人扶持。年番方与力(奉行所のナンバー3で、内与力と奉行は移動するから、移動しない奉行所員としては筆頭の実力者)から、定廻り同心が盗賊の隠れ家に打ち込むのだが、一人だけやっかいな軽業にたけた幹部泥棒がいる。以前にも囲んで逃げられたので、隠れ家周囲の町に詳しい高積見廻りの知恵を貸してくれと頼まれる。アドバイスだけでいいならと気楽に、ここをこう囲んで人をこう配置すれば、ターゲットはこう屋根を逃げるはず。そうして、最後はここに出てくるはずと読んでみせた。これがまさに、三国志諸葛孔明の戦指揮みたいな名調子なんですね、定廻りの腕っこき同心の占部は出役に付き合えと与兵衛を引っ張り出す。で、その夜、与兵衛の推理通りに展開して、見事全員御用となる。(ここまで立ち読みして、お、これはおもしれえと買ってしまったんです)で、定廻りも奉行所幹部も、こんな腕っこきを半ば行政官みたいな役より、刑事部同心へ引っこ抜こうと、そのテストを兼ねて迷宮入り化しかけている、暗殺人「百まなこ」を調べさせる。極悪の岡っ引きというか目明しを針状の武器で心臓をひと突きして殺して、現場に子どもの玩具の「百まなこ」の面を残していく・・・・始末人みたいな奴。(長谷川が白色テロリストみたいなTVドラマの暗殺人を「人殺しは人殺し」と硬派ぶりを見せてるんですね。)
ま、見事、正体をつきとめて、犯人を法権力のさらし者みたいに処刑させずに、自死の結末にするところが長谷川流
与兵衛は、定町廻り同心になるのを辞退して、そのまま高積見廻り同心を続けるというのがストーリー。もちろん、チャンバラ、殺陣の新鮮なものも極上の上なんですが、なんといっても、同心は正義の味方の清新な貧乏ぐらしというのを、4行で片付けてしまうのが一番の魅力。
Kokokara---------------------
高積見廻りに限ったことではない。定廻りを筆頭に、それぞれの役目に応じて、それなりの額の付届けが届けられた。同心個人宛に来た付届けはその者のものになったが、奉行所に届けられたものは、蓄えられ、年末に平等に分けられた。何やかやで少ない者でも、二、三百両に達したという。
kokomade----------(P.29)
つまり、奉行所勤めの同心(南北で240人がいろいろな役でいたわけで与力が50人)の一番年収が少ないものでも200両はあったというわけです。今の金額に直すと1両8万円として1600万円です。現在の警察官の年収が警視クラスで1000万円、全体平均で800万円(宝島社 犯罪捜査ハンドブック)なのだとか。でも、今の警察官の場合は手取りじゃなくて、税金保険年金積立エトセトラに住居費もかかるんだけれど、江戸時代の場合はいっさいかからない。
普通に30俵2人扶持という時、1俵は大体、0.3両。この30俵は0.3両×30=9両=72万円。で2人扶持というのは使用人の食べる分の米代だから、30俵とは別。いくら税保険住宅費がかからぬとは言え、年収72万円で5,6人の家族を食わせるのは大変。ゆえに、同心は貧乏という論理なんですね。しかも、普通の御家人なんかとちがって、出世の可能性がないわけだから、出世のために上役に金を贈るひつようもない。手取り最低で1600万円あったら、ましてや、並の同心の3倍と見積もっても、定町廻り同心なら手取り五千万円クラスでしょう。当然、衣食とも不自由してないし、いいものを選べるわけだから、男ぶりもいいだろうし、毎日見廻りに歩いているわけで運動も足りてる。相撲取り、火消しと並んで江戸のもてる男と言われた理由でしょう。
二千石の旗本だとすると、これは知行だから、取り分は35%で、700石。35石で100俵だから、
700×100÷35×0.3=600両=4800万円。多分、定町廻りはこのクラスの実収となりますね。でも、旗本の場合、使用人の数が多い上に、出世のための付届け金額が馬鹿にならない。役料がついても、奉行所の同心や与力に比べたら自由の利く金額はかなりに少なくなるでしょう。貧乏大名の家臣と違って、町奉行所勤めは激務で合っただろうけど、報酬は十分以上にあったはずです。
ついでに書いておくと、与力の方は上は3000両、2億4千万円という数字もあるそうな。このクラスの金額となると、知行地で1万石以上必用なわけで、もう大名なみ。