Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

【days 045】2020年4月上旬 青柳碧人 浮穴みみ 大山淳子 浅暮三文 飯島一次

またまた年が改まっていた。

青柳碧人「浜村渚の計算ノート 1さつめ 2さつめ 3さつめ」講談社文庫 2012年

最初に青柳碧人の「浜村渚の計算ノート」の表紙を見たのはかなり前、どこかの新本屋だった。ただその表紙絵が今風のアニメ絵なのと、文章がゲームの文体だったのと、テーマが4色問題だった・・・それで無差別殺人が進行するという流れにあきれて買わないで忘れた。何年前だったかも思い出せないくらい昔の話だ。 

それが先月、荻窪のタウンセヴン内のカフェ、サンマルク(今はコロナ騒ぎで店はタウンセヴンごと休みになっている)のテーブルの上にあるのが目に入った。中学生らしい少年が母親と座って、母親の話を聞きながら読んでいるを見たのだった。大昔、たごあきら(漢字は忘れた)の「頭の体操」シリーズのクイズ本に出ていた「4色問題」を楽しそうに面白そうに少年は読んでいたのだ。少年にクイズ解法ストーリーが面白く読めるなら、けっこう面白いのかもしれないと、その足で青梅街道を横切ってBookOFFに入ったら何冊も並んでいた。で、読んでみた。けど。

4色問題を取り込んだ数学教育復活をもくろむ「テロリストたち」が、そのテロ行動に数学的論理と矛盾をきたすとテロ行為を中止するという一種のゲーム脳ばかりで、警察側にテロを封殺されてしまうという非現実さの展開にあきれて、一冊読みきらずに枕元に放り出した。

たまたま、一週間後の深夜に目が覚めて、ワインに酔っ払った頭で枕元の「計算ノート」をぼんやりと読み出したら、なるほど、まじめに考えないで気楽に主人公の中学生の女の子の解法演技を楽しめばいいのだと気がついた。

解けない理解できない問題の答えを引き写す「エクササイズ」ではなく、間違っても間違った理由が自分でわかるというゲーム感覚で気楽に読めるように、作者は読者をガイドしていくのである。味つけは過去の天才数学者たちのエピソードであり、数学史なのである。けっして、小生意気な高校生がデーテキントの「数について」とかラッセルの「数理哲学序説」を岩波文庫でトライするような、藪こぎ、ロッククライミングで千メートルを直登しようとして遭難する楽しみを読者は期待してはいけないのですね。

そう、昔国公立大学を数学で受験してたような、私立理系を数学で受験してたレベルの中高年にハイティーンのころのゲーム(受験問題なんて学問じゃなくてパズルだったんだから)の楽しさを思い出させてくれるのが、このミステリアドベンチャー風小説なのですね。

と書いたものの、シリーズを続けて読むには歳をとりすぎた。この秋で71歳だものなあ。

大山淳子「光二郎分解日記」講談社文庫 2017年

探偵コンビは75歳の機械分解マニアにして修理マニアの老人とその孫のフリータに近い受験浪人コンビ。対人関係構築が難しい性格のまま老いてしまって、言葉を理解してくれるのは孫一人。嫁は「鬼嫁」らしい。その鬼嫁に「分解修理が好きなら、自分の頭をやってみたら」と毒づかれたショックで、壊れたエアコンとドライヤーを直したあと女房の遺影を風呂敷に包んで家出してしまう。どこに行くあてもないままに公園のベンチで座っているうちに寝込んでしまい、気がつくと血だらけの鎌を持って、血まみれで倒れているシルバー人材センター派遣の植栽手入れ作業員の前に立っていた。通報で飛んできたのは上級職試験に受かって配属されたばかりのキャリア刑事。そのキャリアの指導警官の女刑事は老人が理科教師をやってた時の教え子だった。警察に逮捕されて双子の孫が迎えにいき一度は釈放されたのだが、孫を引き連れて犯人捜しに乗り出して家に戻らない間に、病院で被害者が目をさまして、老人に鎌で切られたと証言したものだから、いっぺんに指名手配。ところが、双子の孫も鬼嫁すらも老人をかばって、行き当たりばったりに見えてしまう犯人探索する老人を守る有様。女刑事も新米キャリアも短い時間だけど老人の性格と行動につきあった結果、犯人ではないと確信して、警察上部の指示に従うふりをして真犯人を探していく。

結局はシルバー人材派遣センターの老人たちにもかばわれている間に、老人と孫は真犯人をつきとめて、めでたしめでたし。

大山淳子らしい普通の善人が普通の生活の中で精いっぱいに生きている実感が味わえます。でもね、75歳で、ここまで記憶能力が退化するかなあ。彼女1961年生まれだから、現在58歳か59歳だろう。それに、若い孫が追い付けないくらい、20台の刑事が必死になって追いかけねばならないくらい、速く走れる75歳てのはちょっと想像できない。ま、それは瑕瑾と見逃して、佳品であります。

浅暮三文「誘拐犯はからすが知っている」新潮文庫2019年

副題が「天才動物行動学者 白井旗男」というんでわかるとおり、八王子らしい町の旧家らしい屋敷にすむ、大学の研究室から自宅へ引きこもった若い研究者とその後輩の警察犬ハンドラーの原友美がホームズとワトソン。

表題の短編より、「Case2 翼と絵画」の方が白眉。

白井が大学の心理学研究室に貸し出した鳩レース用の鳩をつかい、助手に原を使って、鳩の帰巣トレーニングをやったところ、往きが40分、復路が30分という結果になった。その10分の違いの意味は必ずあると白井が追求するうち、シャガールの絵の盗難事件が発生する。白井は鳩はそのシャガールに興味を持って道草して10分のタイムロスをしたと考えた。原は、でも帰りは何故道草しなかったのかという謎に悩むが白井はその解答をもっていて、鳩の飛ぶ高さからシャガールの位置を割り出し、なぜか鳩を使わずに3羽の手乗り文鳥を使ってシャガールのある部屋の特定をして見せる。

何故鳩は帰りは真っすぐ帰り、なぜ白井は鳩を使わず手乗り文鳥を使ったのか。ここが唸らされる謎なんですねえ。これは、読んでもらうのが一番。

もうひとつ「Case 6 銀座のレナード」もすてきな味わいのあるミステリです。銀座の宝石店荒らしが雨の中を逃げる間に盗品をどこかに隠した後、ビルの屋上から墜落死する。

もう客と約束してるので、なにがなんでも宝石を見つけてほしいという店の要望に、白井はこたえて見せる。手がかりは血の付いた鳩の羽一枚。椎名誠に「銀座のカラス」というのがあったけど、白井は、銀座には鳩がいないし、鳩は日比谷公園にあつまり、カラスも日比谷公園に集まって、ろくにゴミもない銀座にはいないから、カラスの餌場を探そうというのは間違いである。それに鳩は雨の日には飛ばないから、それを狩る連中もカラスを含めて当日はいないはずと、最初から別の生物、レナードに目をつけて追跡を始める。ま、英語でレナード、フランス語ならルナールなんだよね。日本語じゃあ・・・これは本読んでくだせえ・・・です。

[annex] 14 浮穴みみ「鳳凰の船」双葉文庫 2020年

変わった名前だなあと手にとって、北海道の歴史もので、函館のオムニバスだと買ってしまった。まあ、明治のクーデター政権の行き当たりばったり無定見(そのあげくはこの前の敗戦災害をまねき、今はオリンピックボケしたままコロナ対策も無策無能の極みみたいな長州閥政権の伝統なんだけどさ)に振り回された道民と技術者とそれと絡んだ女たちの物語。これは女性作家ならではの作品ですねえ。男なら、例えば「明治維新という過ち」シリーズの原田伊織のように、怒りが滲みだしてくるテーマなんですが、そこが女の感覚。主人公も作家も足が地についてる感覚で観念論に舞い上がるのを引きとどめている。結果、生きた人間の心のみが読後に伝わってくる。

[heiji 22] 浮穴みみ「姫の竹、月の草」双葉文庫2013年

浮穴みみのデビュー作。市井の天文暦学者吉井数馬とその妹奈緒の手習い所物語。まあ、生まれにいろいろある血のつながらない美形の妹といかつくて頭が良くて、武芸も達者な兄のお江戸物語。

[heiji 23] 飯島一次「将軍家の妖刀 小言又兵衛 天下無敵 2」二見時代小説文庫 2018年

9代将軍家重の小姓を怒鳴りつけて隠居生活に入った(8代は吉宗)石倉又兵衛50歳が主人公。「謹厳実直質実剛健」の頑固者、己にも厳しいが他人にも厳しい。まあ、婿さんは、要領よくて、次期将軍家治のお気に入り。家治も婿も又兵衛も芝居好きというので、家治との縁もできる。背景には「宝暦事件」があるんだけど、それはまだ二年先に顕在化するので、今は京都公家衆の息のかかった連中が暗闘を(要するに、薩長の先駆みたいなテロリストたちが家治を狙っていたんですね)始めていて、又兵衛は家治・田沼意次側に立って、その豪剣を振るうというお話。

痛快ではありますけど、エンタテインメント以上のものは上記二作品みたいにはありません。お風呂に持ち込むと長風呂になってしまうのがやばいかな。haha

 

【comics】田村由美「ミステリと言う勿れ」秋乃茉莉「ワトソンの陰謀3」萩尾望都「ポーの一族 春の夢」「ポーの一族 ユニコーン」

田村由美ミステリと言う勿れ1」小学館 2018年 「ミステリと言う勿れ2」「ミステリと言う勿れ3」「ミステリと言う勿れ4」

確か、田村由美という名前は「バサラ」とか言うのを書いてたなあという記憶があった。絵柄は嫌いなタイプじゃなかったが、この表紙の主人公の絵はCGを多用して、かなり印象的に見えた。

主人公は久能整、整と書いて「ととのう」と読む。大学生だが、4巻読んでも(はまったってことですな)いったい何が専攻なのかもわからない。それが、いきなり、親しくもない同級生の大学生の殺人事件の犯人にされる。目撃者もいて、主人公の指紋付きのナイフが出、しかも部屋の家宅操作で借用書まで出てくる。

ここまで(冒頭の30ページほど)読めば、普通のミステリ読みなら、目撃者、証拠そろえられるものが主人公の敵方にいるとわかる。とすれば怪しいのは彼を犯人と決めつけて白状しろとせまってくるものが怪しいと山勘が働く。まあ、そこでミステリの興味は失せるんだけれど、主人公がそこからどう弁明して冤罪をかわしてみせるかというサスペンスの方へ興味が移る。問い詰める警官相手に、おしゃべりを仕掛けて、刑事たちの私生活を推理論証しながら、自分のペースに巻き込んでいく。4巻徹頭徹尾、一人芝居のモノローグみたいな語りで、久能の舞台を観させられることになる。心を材料にした手品を見させられるような久能の言葉芸に魅せられて、次々と買って読むはめになる。

秋乃茉莉ワトソンの陰謀3」株式会社ぶんか社2016年

すでに二巻が出ていて、シャーロック・ホームズものをかなり自由に翻案して、秋乃風幽霊心霊サスペンス物語に仕立てている。題名も「瀕死の探偵」「緋色の研究」「オレンジの種5つ」とそれらしくつけているが、ホームズものへのオマージュと思ってるとちょっと期待外れだろう。でも、日光アレルギーの心霊が見える大学OBと全く霊感のない体力派行動派ラガーマンOBの若いコンビの冒険物語として読むなら、まとまった佳品連作です。

心霊もやし男の家系の事件を二人で解決する「緋色の研究」は読めるお話ですし、最後はコメディになっちゃう「オレンジの種5つ」は少女漫画の王道みたいな話で、まあ秋乃茉莉ファン限定のファンサービス作品といえましょうか。

萩尾望都ポーの一族 春の夢」「ポーの一族 ユニコーン小学館2017年2019年

ポーの一族新シリーズとして一昨年に出た時は、うむ、萩尾も年取ったかと絵柄が変わってるのは当然としても、ちょっと食いつけなかった。無理に決着つけなくてもいいのに・・・と思いつつも、萩尾望都ファンのこだわり老残みたいな感じで捨てられずに

「春の夢」を本棚の隅に押し込んでた。

ユニコーン」が出て、読んでみたら、一気読み・・・要するに前の巻は、舞台設定舞台道具がそろって出てきてなかったので、物語世界像がつかめなかっただけなのだ。二巻目でエドガーエドガーらしい、人間離れした超絶雰囲気を発揮しだして、おお、これこそエドガーだと再会した喜びとなつかしさを覚えた。

三巻目が待ち遠しいなあ。

 

【days】2019年7月下旬: 書き方を忘れた 川瀬七緒「メビウスの守護者」

はてなだいありぃからはてなブログに変わってから、入力画面も変わった。ま、こういう単純なのはスマフォから書き込むにはいいんだろうが、PCから長文を書くには使いにくい。まあ、慣れるしかないだな。

ともあれ、何を読んでるかから書こう。

ずいぶん長いこと持ち歩いてるのが

Daniel Pennac ≪La fée carabine≫:今102ページ当たり。

今年読みだしてさっぱり進まないんだが、Charles Foster ”Being a Beast

これは48ページあたり。

このBeing a Beastというのは、素っ裸で息子とイングランドの山のアナグマの穴でアナグマみたいに暮らしてみたという(そこが beingの意味)おっさんの体験的ノンフィクション。アナグマっての英語でbadger と言うんだけど、日本には親類がいて、それがこの方。

(あれ、アナグマの巣穴のある現地まで車で送ってくれたBurt が、嵐接近のニュースを伝えてLand Roberで帰るときの捨て台詞。“ you've got to be naked: butt naked." に続いて、To strip off would take me a long way from the badger's sensory world.  I was much closer to it in my old moleskins and tweed coat. とある。p.53 うーむ、服着てるじゃん。Badger だって Badgers have a thick outer coat of coarse hair lying over a softer inner layer.  Both trap air very efficiently. と裸じゃないんだよなあ。

うん、リンク先はミステリ舞踏派の別の仮面Cakeaterのメインブログなんだけどね。

で、これで、川瀬七緒を語ろうというわけ。

blog.goo.ne.jp

川瀬七緒メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官」講談社2015年 1500円+税

法医昆虫学捜査官というのは、犯罪現場に集まっている昆虫を分析して犯罪捜査資料を提供するという役目なんだけど、日本じゃあんまりメジャーな認知をされていない(もしくはいなかったらしい)。犯罪と昆虫のからみのミステリならいままでにもあったけど、法医昆虫学という学問分野に照明を当てたミステリは川瀬作品がこの列島では最初です。

主人公はアラサーの准教授赤堀涼子で、中学生にしか見えない容姿の世間的には変人探偵。地下足袋にモンペをはいて、手ぬぐいを頬被りにしてタオルを首回りに巻き、多分麦わら帽子をかぶり、大ぶりのリュックサックを背負い、昆虫網背中にさして、自転車を漕いで現場へ現れる。(普通は研究室に科研の職員が採集した資料を持ち込まれてそれを分析するんで現場へは出ないし、立入許可もでないらしい)蛇だろうが船虫だろうが砂虫だろうがゴキブリだろうが平気で素手で手づかみする。最近は警察組織をアンリアルに無能に書くといろいろ問題があるらしく、実際の捜査を彼女のアドバイスで進めるのがアラフォーの警視庁の岩楯祐也主任と事件ごとに変わる所轄の刑事。

具体的には(あんまり映像化してもらいたくないけど)死体が生まれると虫が寄ってきて卵をうみつけ、ウジがかえり、死体を食べた後蛹から羽化して飛び去る、あるいは別の昆虫や爬虫類に食べられてしまうというプロセスを分析すれば、死体になってからの時間つまり犯罪発生時間を時間単位のレベルで確定できるというミステリです。

2018年に「紅のアンデッド」が出て6冊になってますから、本当は、最初の「法医昆虫学捜査官」(放火事件の犠牲者の消化系内蔵がほとんど消滅していて、残っていた腸の中からウジのボール状塊が出てきて、その中心部のウジはまだ生きていたという解剖室の中から話が始まる・・・実にショッキングな「つかみ」です)から順に読んでいく方が楽しめます。メビウスの舞台は奥多摩のハイキングコース。コースの側で腕だけが見つかったバラバラ事件が始まりで、他の部分がなかなか見つからない。監察医の見立ての死後経過時間に赤堀は真っ向から別の計算結果を表明する・・・というのがこのシリーズの現在の立ち上がりパターン。警察上部の人間も捜査班のメンバーもただ一人岩楯(最初はたまたま連絡役として赤堀につき合わされたのだが、あまりの赤堀のキャラクターの変わり者ぶりに、赤堀暴走監視専従員みたいになっている)を除いては誰も同意しないから、当然ながら捜査本部の捜査は的外れの方へ進みだす。でも最後は、岩楯=赤堀が的を当てているとわかる。

では、ミステリパラダイス再開の一冊目になぜ「メビウス」かというと、この謎の主役のお馴染みの死体に寄るオビキンバエの脇役というか攪乱トリックスターがタヌキなんですねえ。狸はなんでも食べます・・・でBeing a Beast でウジをフォスターさんも味見してるくだりを読んでますと、なぜかこのミステリの情景が浮かんでくるし、逆もまたしかりなんです。というのと、「メビウス」には調香師 (フランス語で le nez (鼻)の第4義)が森のちょっと齢食った妖精みたいに出てきて、赤堀とウマが合いまくるんですね。虫の匂いと花の香を聞ける二人の変人プロフェッショナル。

で、個人的にオリンパスのTG-5という顕微鏡モードが売りの一つの工事現場カメラを買って以来、めたらやったらと小さいものをとりまくってるせいもありまして、(ウジ類はつまんないですね、拡大してもあんまり微小表情が写らない)虫類にざわざわしなくなりまして、時にはつまみ上げたりしてたり。haha それで、虫の出てくる話に抵抗値が下がる一方なんですねえ。

筋の展開を詳しく書かないのは、ディーテイルが楽しめるから読んでみてくれいという理由です。

6冊とも文庫化されてます。あんまり古本屋には出ないから買った人は「嵌まって」いるのかも。

(2020.08.28 追記:このシリーズ単行本「スワロウテイルの消失点」が去年の7月に出ました。そろそろ8冊目がでないかなあと楽しみです)

 

【heiji】028 藤井邦夫「詫び状 知らぬが半兵衛手控帖」(株)双葉社 双葉文庫 2011年 360円 定価619円+税 「名無し 新・知らぬが半兵衛手控帖」2018年 双葉文庫 620円 「影法師 柳橋の弥平次捕物噺」(株)二見書房 二見時代小説文庫 2006年 108円定価648円+税 

別文庫の「秋山久蔵御用控」シリーズのスピンアウトシリーズみたいなものだけど、個人的にはこちらの新シリーズの方が好みです。何がどうであれ、悪は悪、罪は罪という長谷川卓作品に少々うんざりして来ていたところに、銭形平次風の、俺にはさばけねえ、知らぬが半兵衛を決め込むから黙って心に殺しの罪の重荷を背負って生きていきなというところが、粋。時々秋山久蔵もその手下たちと顔だしてスパイスを聞かせてくれます。
もともとこのシリーズ20冊くらい続いていたんですが、脇役が一人殉職したせいか、新しい手下を加えて「新」シリーズが始まったらしい。
思案橋」「曼珠沙華」「緋牡丹」と出て「名無し」が4冊目。この名無しが先週、新小岩駅北口の本屋で現場記念に一冊と手に入れたんですね。積みだなに、新刊と積み上げてあったので買ってしまい、9頁(「第一話 お宝さがし」で始まる実質の一頁目)にこうある。
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「旦那、野良犬が小判を咥えて根津権現界隈を彷徨いていたって話、ご存知ですか・・・・・・」
koko--------------------------------------made.
町奉行所臨時廻り同心の白河半兵衛の日髪日剃をしながら廻り髪結いの房吉が話し出した。
・・・ん?あれ?(新小岩荻窪の45分の車中読書を始めて数十秒というところ)あ、ご存知だあ・・・・これ覚えがある。
BookOffで「思案橋」を買って、これは気が合うと新刊で買った・・・
まあ、アホである。
話の方は、事件が片付いて、一緒に捕り物をした秋山久蔵と昼酒を楽しんで終わる。
kokokara-------------------------------------P.306
半兵衛は、久蔵に酌をした。
「それで良いのか・・・・・」
「秋山さま、世の中には私たちが知らない方がよい事もありますよ」
半兵衛は、手酌で猪口に酒を満たした。
「知らぬ顔の半兵衛か・・・・・」
久蔵は苦笑した。
「畏れ入ります」
koko--------------------------------------------------------made.
「影法師」の方は「秋山久蔵」シリーズのスピンアウトシリーズで弥平次親分の物語。これが一冊目で3年間で4冊は少なくとも出てるらしい。表紙の親分がシャボン玉を二階から飛ばしてる絵(宇野信哉)がいいですねえ。
こういう人情で法を勝手解釈する話は何度でも読み返せるけど、現実の「忖度」スキャンダルは日本古来伝統の官僚システムの闇話でうんざりしますねえ。

いよいよ年記になってしまった

断捨離、終活・・・まあ、そんなもんだろうと思う。棚の本の二段並べを解消しようと、300冊ほど捨てた。(内、199冊は「こち亀」)
正月に寝込んだ後、意識的に裏側の並びのものを読み直している内、手に取ってみて読む気が起こらない本は皆捨てようと決めた。で、真っ先に「こち亀」シリーズ。アベノミクスを持ち上げたりし始めたころから、なんかうんざりして来ていたせいもあるんで、200巻目は買わなかった。そろそろ、ここら辺が潮時。70年80年代90年代の時代雰囲気は確かに同時代感覚で読めるから残そうかとも思ったんだけど、なんか90年代になってから、情報マンガ臭く(しかも本人が集めるのではなく編集屋が集めたのを人情臭く絵にしてるように)なってると感じた。
こち亀を入れてた100円ショップのコミック用ボックスにペイパーバックやら、他のコミックをいれて、語学関係や教養関係のいつか「勉強」しようと思っていたものも捨てた。もうカセット付きのテキストなんて、聴く機械もなくなってるんだから意味がない。それと、古いPCアプリケーションの入門書もそうだ。
同時に、古いプリント資料も整理して捨てたら、これがコンビニ大袋で、すでに10個。本の6個の袋は、捨て場に出して、通勤するときに見たら、そっくり消えていた。捨てる阿呆がいれば、拾う神もいるわけである。

027 長谷川卓「 高積見廻り同心御用控 百まなこ 」「高積見廻り同心御用控 犬目」「戻り舟同心」「戻り舟同心 夕凪」「戻り舟同心 逢魔刻」「戻り舟同心 更待月」

長谷川卓は最近流行りのTV脚本家あがりの時代物作家ではない、ちょっと硬派の作家です。硬派とはつまり、こう設定してこう書けば受けるだろうなという(まあ、職業としての作家なら大なり小なりあるんだけど、TV時代ドラマつくりにかかわってると、「受けねらい」計算が巧になる)計算をあまりやらないでプロットを仕立ててくるという意味。
したがって、けっこう調べぬいて書いているけれど、リアルさにこだわって話を損なうようなこともない。でも、奉行所同心=庶民の味方=金にこだわらない=賄賂はとらない==清貧ごのみ=貧乏同心図式というのをきれいにあっさりと4行でフっ飛ばして見せてるのが「百まなこ」。このシリーズは「百まなこ」「犬目」「目目連」の三部であっさりと完結しているし、最初にブックオフで見つけたときに三冊買わなかったために、一年以上「犬目」が新本屋でも古本屋でも見つからなかった。そのうちに「戻り舟同心」シリーズが出始め、そちらと比較して、なんかつまらなく思えてきて、「目目連」なんかは年末大掃除で捨ててしまった。「百まなこ」は4行の資料分だけの保存価値で手持ちに残していた。
世過ぎの現場が池袋で、その帰りに「じゅんく堂」「三省堂」をのぞけるので毎夕30分ほど、本棚をのぞいてたら、「高積見廻り」シリーズが三冊そろっていた。「犬目」を速攻でゲットしたのはもちろんであるが、しかし・・・・まあ、こっからは一冊ごとの記事で語ろう。

長谷川卓「 高積見廻り同心御用控 百まなこ 」祥伝社文庫 2007年 祥伝社 360円 定価638円+税

一応、筋を書いておこう。探偵役は南町奉行所高積見廻り同心・滝村与兵衛、39歳。組屋敷に母と妻と長男と暮らしている。禄高は同心であるから30俵二人扶持。年番方与力(奉行所のナンバー3で、内与力と奉行は移動するから、移動しない奉行所員としては筆頭の実力者)から、定廻り同心が盗賊の隠れ家に打ち込むのだが、一人だけやっかいな軽業にたけた幹部泥棒がいる。以前にも囲んで逃げられたので、隠れ家周囲の町に詳しい高積見廻りの知恵を貸してくれと頼まれる。アドバイスだけでいいならと気楽に、ここをこう囲んで人をこう配置すれば、ターゲットはこう屋根を逃げるはず。そうして、最後はここに出てくるはずと読んでみせた。これがまさに、三国志諸葛孔明の戦指揮みたいな名調子なんですね、定廻りの腕っこき同心の占部は出役に付き合えと与兵衛を引っ張り出す。で、その夜、与兵衛の推理通りに展開して、見事全員御用となる。(ここまで立ち読みして、お、これはおもしれえと買ってしまったんです)で、定廻りも奉行所幹部も、こんな腕っこきを半ば行政官みたいな役より、刑事部同心へ引っこ抜こうと、そのテストを兼ねて迷宮入り化しかけている、暗殺人「百まなこ」を調べさせる。極悪の岡っ引きというか目明しを針状の武器で心臓をひと突きして殺して、現場に子どもの玩具の「百まなこ」の面を残していく・・・・始末人みたいな奴。(長谷川が白色テロリストみたいなTVドラマの暗殺人を「人殺しは人殺し」と硬派ぶりを見せてるんですね。)
ま、見事、正体をつきとめて、犯人を法権力のさらし者みたいに処刑させずに、自死の結末にするところが長谷川流
与兵衛は、定町廻り同心になるのを辞退して、そのまま高積見廻り同心を続けるというのがストーリー。もちろん、チャンバラ、殺陣の新鮮なものも極上の上なんですが、なんといっても、同心は正義の味方の清新な貧乏ぐらしというのを、4行で片付けてしまうのが一番の魅力。
Kokokara---------------------
高積見廻りに限ったことではない。定廻りを筆頭に、それぞれの役目に応じて、それなりの額の付届けが届けられた。同心個人宛に来た付届けはその者のものになったが、奉行所に届けられたものは、蓄えられ、年末に平等に分けられた。何やかやで少ない者でも、二、三百両に達したという。
kokomade----------(P.29)
つまり、奉行所勤めの同心(南北で240人がいろいろな役でいたわけで与力が50人)の一番年収が少ないものでも200両はあったというわけです。今の金額に直すと1両8万円として1600万円です。現在の警察官の年収が警視クラスで1000万円、全体平均で800万円(宝島社 犯罪捜査ハンドブック)なのだとか。でも、今の警察官の場合は手取りじゃなくて、税金保険年金積立エトセトラに住居費もかかるんだけれど、江戸時代の場合はいっさいかからない。
普通に30俵2人扶持という時、1俵は大体、0.3両。この30俵は0.3両×30=9両=72万円。で2人扶持というのは使用人の食べる分の米代だから、30俵とは別。いくら税保険住宅費がかからぬとは言え、年収72万円で5,6人の家族を食わせるのは大変。ゆえに、同心は貧乏という論理なんですね。しかも、普通の御家人なんかとちがって、出世の可能性がないわけだから、出世のために上役に金を贈るひつようもない。手取り最低で1600万円あったら、ましてや、並の同心の3倍と見積もっても、定町廻り同心なら手取り五千万円クラスでしょう。当然、衣食とも不自由してないし、いいものを選べるわけだから、男ぶりもいいだろうし、毎日見廻りに歩いているわけで運動も足りてる。相撲取り、火消しと並んで江戸のもてる男と言われた理由でしょう。
二千石の旗本だとすると、これは知行だから、取り分は35%で、700石。35石で100俵だから、
700×100÷35×0.3=600両=4800万円。多分、定町廻りはこのクラスの実収となりますね。でも、旗本の場合、使用人の数が多い上に、出世のための付届け金額が馬鹿にならない。役料がついても、奉行所の同心や与力に比べたら自由の利く金額はかなりに少なくなるでしょう。貧乏大名の家臣と違って、町奉行所勤めは激務で合っただろうけど、報酬は十分以上にあったはずです。
ついでに書いておくと、与力の方は上は3000両、2億4千万円という数字もあるそうな。このクラスの金額となると、知行地で1万石以上必用なわけで、もう大名なみ。

【heiji】027 貧乏同心? 長谷川卓「高積見廻り同心御用控シリーズ

間がずいぶんと空いてしまった。その間に、齢をさらにとった分、好みの変化もきたして、書くつもりのメモがたまってたのを、デリートするはめになった。haha
池袋と有楽町の三省堂で、スマフォで在庫を確認できますよ・・・・とレジで教えてもらったけど、本屋に足を運ぶのは欲しいもののためだけではないんだよね。別になくてもいいんで、絶対に読みたければアマゾンで検索かければいいんだしね。読みたいものを探しに行って、それまで視界の外にあったものを見つける楽しみはスマフォやPCからの検索にはないものなんですね。