Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

【days 045】2020年4月上旬 青柳碧人 浮穴みみ 大山淳子 浅暮三文 飯島一次

またまた年が改まっていた。

青柳碧人「浜村渚の計算ノート 1さつめ 2さつめ 3さつめ」講談社文庫 2012年

最初に青柳碧人の「浜村渚の計算ノート」の表紙を見たのはかなり前、どこかの新本屋だった。ただその表紙絵が今風のアニメ絵なのと、文章がゲームの文体だったのと、テーマが4色問題だった・・・それで無差別殺人が進行するという流れにあきれて買わないで忘れた。何年前だったかも思い出せないくらい昔の話だ。 

それが先月、荻窪のタウンセヴン内のカフェ、サンマルク(今はコロナ騒ぎで店はタウンセヴンごと休みになっている)のテーブルの上にあるのが目に入った。中学生らしい少年が母親と座って、母親の話を聞きながら読んでいるを見たのだった。大昔、たごあきら(漢字は忘れた)の「頭の体操」シリーズのクイズ本に出ていた「4色問題」を楽しそうに面白そうに少年は読んでいたのだ。少年にクイズ解法ストーリーが面白く読めるなら、けっこう面白いのかもしれないと、その足で青梅街道を横切ってBookOFFに入ったら何冊も並んでいた。で、読んでみた。けど。

4色問題を取り込んだ数学教育復活をもくろむ「テロリストたち」が、そのテロ行動に数学的論理と矛盾をきたすとテロ行為を中止するという一種のゲーム脳ばかりで、警察側にテロを封殺されてしまうという非現実さの展開にあきれて、一冊読みきらずに枕元に放り出した。

たまたま、一週間後の深夜に目が覚めて、ワインに酔っ払った頭で枕元の「計算ノート」をぼんやりと読み出したら、なるほど、まじめに考えないで気楽に主人公の中学生の女の子の解法演技を楽しめばいいのだと気がついた。

解けない理解できない問題の答えを引き写す「エクササイズ」ではなく、間違っても間違った理由が自分でわかるというゲーム感覚で気楽に読めるように、作者は読者をガイドしていくのである。味つけは過去の天才数学者たちのエピソードであり、数学史なのである。けっして、小生意気な高校生がデーテキントの「数について」とかラッセルの「数理哲学序説」を岩波文庫でトライするような、藪こぎ、ロッククライミングで千メートルを直登しようとして遭難する楽しみを読者は期待してはいけないのですね。

そう、昔国公立大学を数学で受験してたような、私立理系を数学で受験してたレベルの中高年にハイティーンのころのゲーム(受験問題なんて学問じゃなくてパズルだったんだから)の楽しさを思い出させてくれるのが、このミステリアドベンチャー風小説なのですね。

と書いたものの、シリーズを続けて読むには歳をとりすぎた。この秋で71歳だものなあ。

大山淳子「光二郎分解日記」講談社文庫 2017年

探偵コンビは75歳の機械分解マニアにして修理マニアの老人とその孫のフリータに近い受験浪人コンビ。対人関係構築が難しい性格のまま老いてしまって、言葉を理解してくれるのは孫一人。嫁は「鬼嫁」らしい。その鬼嫁に「分解修理が好きなら、自分の頭をやってみたら」と毒づかれたショックで、壊れたエアコンとドライヤーを直したあと女房の遺影を風呂敷に包んで家出してしまう。どこに行くあてもないままに公園のベンチで座っているうちに寝込んでしまい、気がつくと血だらけの鎌を持って、血まみれで倒れているシルバー人材センター派遣の植栽手入れ作業員の前に立っていた。通報で飛んできたのは上級職試験に受かって配属されたばかりのキャリア刑事。そのキャリアの指導警官の女刑事は老人が理科教師をやってた時の教え子だった。警察に逮捕されて双子の孫が迎えにいき一度は釈放されたのだが、孫を引き連れて犯人捜しに乗り出して家に戻らない間に、病院で被害者が目をさまして、老人に鎌で切られたと証言したものだから、いっぺんに指名手配。ところが、双子の孫も鬼嫁すらも老人をかばって、行き当たりばったりに見えてしまう犯人探索する老人を守る有様。女刑事も新米キャリアも短い時間だけど老人の性格と行動につきあった結果、犯人ではないと確信して、警察上部の指示に従うふりをして真犯人を探していく。

結局はシルバー人材派遣センターの老人たちにもかばわれている間に、老人と孫は真犯人をつきとめて、めでたしめでたし。

大山淳子らしい普通の善人が普通の生活の中で精いっぱいに生きている実感が味わえます。でもね、75歳で、ここまで記憶能力が退化するかなあ。彼女1961年生まれだから、現在58歳か59歳だろう。それに、若い孫が追い付けないくらい、20台の刑事が必死になって追いかけねばならないくらい、速く走れる75歳てのはちょっと想像できない。ま、それは瑕瑾と見逃して、佳品であります。

浅暮三文「誘拐犯はからすが知っている」新潮文庫2019年

副題が「天才動物行動学者 白井旗男」というんでわかるとおり、八王子らしい町の旧家らしい屋敷にすむ、大学の研究室から自宅へ引きこもった若い研究者とその後輩の警察犬ハンドラーの原友美がホームズとワトソン。

表題の短編より、「Case2 翼と絵画」の方が白眉。

白井が大学の心理学研究室に貸し出した鳩レース用の鳩をつかい、助手に原を使って、鳩の帰巣トレーニングをやったところ、往きが40分、復路が30分という結果になった。その10分の違いの意味は必ずあると白井が追求するうち、シャガールの絵の盗難事件が発生する。白井は鳩はそのシャガールに興味を持って道草して10分のタイムロスをしたと考えた。原は、でも帰りは何故道草しなかったのかという謎に悩むが白井はその解答をもっていて、鳩の飛ぶ高さからシャガールの位置を割り出し、なぜか鳩を使わずに3羽の手乗り文鳥を使ってシャガールのある部屋の特定をして見せる。

何故鳩は帰りは真っすぐ帰り、なぜ白井は鳩を使わず手乗り文鳥を使ったのか。ここが唸らされる謎なんですねえ。これは、読んでもらうのが一番。

もうひとつ「Case 6 銀座のレナード」もすてきな味わいのあるミステリです。銀座の宝石店荒らしが雨の中を逃げる間に盗品をどこかに隠した後、ビルの屋上から墜落死する。

もう客と約束してるので、なにがなんでも宝石を見つけてほしいという店の要望に、白井はこたえて見せる。手がかりは血の付いた鳩の羽一枚。椎名誠に「銀座のカラス」というのがあったけど、白井は、銀座には鳩がいないし、鳩は日比谷公園にあつまり、カラスも日比谷公園に集まって、ろくにゴミもない銀座にはいないから、カラスの餌場を探そうというのは間違いである。それに鳩は雨の日には飛ばないから、それを狩る連中もカラスを含めて当日はいないはずと、最初から別の生物、レナードに目をつけて追跡を始める。ま、英語でレナード、フランス語ならルナールなんだよね。日本語じゃあ・・・これは本読んでくだせえ・・・です。

[annex] 14 浮穴みみ「鳳凰の船」双葉文庫 2020年

変わった名前だなあと手にとって、北海道の歴史もので、函館のオムニバスだと買ってしまった。まあ、明治のクーデター政権の行き当たりばったり無定見(そのあげくはこの前の敗戦災害をまねき、今はオリンピックボケしたままコロナ対策も無策無能の極みみたいな長州閥政権の伝統なんだけどさ)に振り回された道民と技術者とそれと絡んだ女たちの物語。これは女性作家ならではの作品ですねえ。男なら、例えば「明治維新という過ち」シリーズの原田伊織のように、怒りが滲みだしてくるテーマなんですが、そこが女の感覚。主人公も作家も足が地についてる感覚で観念論に舞い上がるのを引きとどめている。結果、生きた人間の心のみが読後に伝わってくる。

[heiji 22] 浮穴みみ「姫の竹、月の草」双葉文庫2013年

浮穴みみのデビュー作。市井の天文暦学者吉井数馬とその妹奈緒の手習い所物語。まあ、生まれにいろいろある血のつながらない美形の妹といかつくて頭が良くて、武芸も達者な兄のお江戸物語。

[heiji 23] 飯島一次「将軍家の妖刀 小言又兵衛 天下無敵 2」二見時代小説文庫 2018年

9代将軍家重の小姓を怒鳴りつけて隠居生活に入った(8代は吉宗)石倉又兵衛50歳が主人公。「謹厳実直質実剛健」の頑固者、己にも厳しいが他人にも厳しい。まあ、婿さんは、要領よくて、次期将軍家治のお気に入り。家治も婿も又兵衛も芝居好きというので、家治との縁もできる。背景には「宝暦事件」があるんだけど、それはまだ二年先に顕在化するので、今は京都公家衆の息のかかった連中が暗闘を(要するに、薩長の先駆みたいなテロリストたちが家治を狙っていたんですね)始めていて、又兵衛は家治・田沼意次側に立って、その豪剣を振るうというお話。

痛快ではありますけど、エンタテインメント以上のものは上記二作品みたいにはありません。お風呂に持ち込むと長風呂になってしまうのがやばいかな。haha