Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

ブリジット・オベール「マーチ博士の四人の息子」 フィリップ・カー「屍肉」 乃南アサ「駆けこみ交番」

本当は、六月上旬で書くべきだった三冊をずるずると延ばしているうちに、ついに晦日。lololol
ほんと、最近、ボーっと本を読んでるうちに休みの日が暮れてしまう。阿佐ヶ谷のお気に入り古本屋が5月31日で閉店。あそこで買った50円均一ワゴンセールのブリジット・オベールを奇しくも、5月末に本棚の奥の積読コーナーで発見して読んだ。もう、50円のワゴンセールをやってる本屋は阿佐ヶ谷にはなくなってしまったのだなあ。

ブリジット・オベール「マーチ博士の四人の息子」堀茂樹・藤本優子訳、ハヤカワ文庫 1997年、100円(定価600円)

”Les Quatre Fils du Docteur March” by Brigitte Aubert, 1992
ブリジット・オベールは以前「森の死神」を紹介したことがある。アサヒネットのミステリパラダイス会議室にアップしたのを再掲したものだった。あれは、フランス心理ミステリの極限の佳作だった。もう9年以上たってるんですねえ。
http://d.hatena.ne.jp/mysterydancer/searchdiary?word=%A5%D6%A5%EA%A5%B8%A5%C3%A5%C8%A1%A6%A5%AA%A5%D9%A1%BC%A5%EB&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail
医者のマーチ博士夫婦には四つ子の息子達がいた。医学部学生、音楽院の学生、弁護士見習い、電子工学専攻の学生。マーチ家の新しいメイドのジニーは、刑務所で二年服役した過去を隠し別名でマーチ博士の家にやってきて、四人の息子たちに紹介された。で、ある日、彼女は家の中を掃除してまわっているうちに病気で外出ができなくなった夫人の部屋の外出用コートの中に「日記」が隠されているのを発見して読んでしまった。その日記は、「殺人者の日記」だった。その日記には最初の子ども時代の殺人の記録と告白が書かれていた。
殺人者が日記を書き始めた動機は、「ぼくは誰にも話すことができない。当たり前だ。だって、ぼく自身が誰でもないんだから。『だれでもない者の覚書』、こいつはなかなか面白いタイトルだと思う。」と動機を書いた後、自己紹介が続く。「うちの家で、ぼくらは四人だ。四人の男の子。パパはドクター、つまり、お医者さんだ。ぼくら四人の息子は・・・・ぼくらは互いにすごくよく似ている。これは不思議なことじゃない。なにしろぼくら四つ子なんだから。そう、ぼくらは四人とも同じ日に生れたのさ。」
続いて、無差別な殺しの喜びが語られる。
ジニーは、日記を毎日読み続け、逃げ出す気持ち半分、犯人探しの誘惑半分のうちにズルズルと日を重ねてしまう。
そうして、ジニーもまた毎日日記を書き出す。
話は殺人者の日記とジニーの日記が交互に語られることですすんでいく。そのうち、殺人者は日記がなにものかに読まれていること、なにものかがジニーであることをつきとめたことも日記に書かれる。ジニーはそれを読んで恐れおののくが、殺人者のターゲットが近所の女性だったり、家族の古い友人の娘だったりするのに油断して、逃げ出す時を伸ばしてしまう。さっさとみんな捨てて逃げろよジニーと思いながらズルズルと舞踏派はジニーに引きずられるように読んでしまった。
そうして、殺人者の手がジニーに伸びる夜がやってくる。
サスペンス。
ブリジット・オベールのデビュー作品です。
訳者コンビは、ジニーの日記を藤本が、殺人犯の日記を堀が訳出して、最後に日本語を調整したそうです。その効果は十分に出ているようで、ジニーの心の震えが伝わりすぎるくらいに伝わってきています。犯人探しは殺人者の日記の初日の動機と自己紹介の内に指摘できるはずですが、同時にうまく掘られた落とし穴にほとんどの謎解き挑戦者は落っこちるでしょう。(舞踏派同様に)そうして、ジニーといっしょに震えながら最後に心臓が凍る思いをするでせふ。
佳作ですが、森の死神の方がずっとずっとplus merveilleuse です。

フィリップ・カー「屍肉」新潮文庫 1999年、50円、定価600円、東江一紀

“Dead Meat” by Philip Kerr, 1993.
アメリカ人作家が書いた、ロシア警察小説。時は、ポスト・ペレストロイカで、チェルノブイリ事故ははるかな昔。主人公は、モスクワ中央内務局調査部中佐。中佐としか呼び名は書かれて、名前はわからない。マフィアとの癒着疑惑のある地方警察、サントベテルブルク中央内務局刑事部組織犯罪課大佐のイヴケーニー・グルーシコを調査する極秘任務で、表向きはサントベテルブルクのマフィア情報集めに出張してくるところから物語が始る。
グルーシコは『旧ソヴィエト連邦最初の調査報道記者にして国民的英雄に近い存在』のジャーナリスト、ミハイル・リューキン殺しの捜査を始めたところで、中佐も手伝うことになる。
リューキンは何故殺されたのか?少しばかり、プーチン大統領(あれ今は首相だったかな)の下での真のジャーナリスト(日本にはほとんどその名に値するものはいないらしいが)は、かなりの確率で暗殺されているらしいなんて情報を持ってたりすると、ついその線で、犯人グループを旧KGBと結びついてる経済マフィアの方へ疑いを強めつつ読み進むことになるのだが、まあ、実は、チェルノブイリ事故後の新たな放射能汚染が背景になっているという、日本にとってはこれから表に出てくる恐怖を連想させる話になるのですね。でロシア的正義漢のグルーシコ大佐は中佐調査にもかかわらず清廉潔白で、おお、ロシアの未来は明るいかもしれないと読後感をもてるのです。
このミステリに書かれたチェルノブイリの現実的利用方法を読むと、福島原発地域に限らない、日本原発地帯の未来が暗澹たるものであるということが実感できます。どうせ、今になって禁煙したって、発ガン率は少ししかさがらないから、喫煙はやめないぞという論理で原発稼動させていたらどうなるか、その答えがこのミステリの中にあります。

乃南アサ「駆けこみ交番」新潮文庫 2007年150円 定価630円+税 初出2005年

交番勤務巡査高木聖大が主人公の警察小説。第一作は警察学校を卒業したばかりの聖大が配置された城西署管内の霞台駅前交番を舞台にした「ボクの町」。こちらは読んでないので感想を書きようもないのだけれど、解説を読むと、けっこう問題児だったようである。だが、「様々な事件を経験することで、警察官としての自覚を持つところで」第一作は幕を下ろしているそうな。 で、この第二作は世田谷区等々力警察署管内の不動前交番が舞台なのです。
もちろん城西警察署も等々力警察署も架空警察署であることは、下の警視庁のホームページの警察署一覧にないことで確かめられます。lololol
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kankatu/kankatsu.htm
霞台駅前交番が事件につぐ事件で忙しかったらしいのが、不動前交番は一転して無風地帯の交番PB勤務なのですね。問題があるとすれば、同僚の鼻ツマミ者の先輩の主任で、暇なだけにその鼻ツマミ度もアップするということくらい。地域の住民、特に老人達に聖大は受けもよくて、けっこう頼りにされて、また地域情報源にもことかかない。これで鼻ツマミ主任がいなきゃあ天国交番勤務みたいなもの。4つの中篇がならんでいます。
一番目が「とどろきセブン」という題どおりの、爺さん婆さんの七人組が聖大を気に入って昼飯に始終招待してくれるうちに、クレオソートの匂いのする老人家庭の様子が以前と違うという情報を教えてくれた。そこで、巡回連絡簿を片手に訪問して二番手柄をあげる。一番目は、交通事故現場の目撃者を職質して手配中の殺人犯人を逮捕したもの。
二番目は「サイコロ」のようなモダンな住宅に住んでいる裕福な母子家庭の問題をあつかった事件。子どもたちが家出したのか、誘拐されたのか行方不明になって、露になったゴミだらけの家庭での子どものネグレクト。解決に裏からとどろきセブンが働いていることに聖大は気がついたが知らん振りをするのです。
三番目はとどろきセブンの真の姿があらわになる「人生の放課後」。最後が犬の誘拐詐欺事件を扱う「ワンワン詐欺」聖大が解決するというかやっぱり、とどろきセブンプラス聖大が解決するのだが、聖大はとどろきセブンの一人一人の送ってきた人生をしみじみと味わうことになる。同時にどうやら、恋人も見つかったようなところで、今回は幕が引かれた。