Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

【heiji】007 鎌田樹 「朝顔さむらい(二)父子時雨」 誉田龍一 「消えずの行灯 本所七不思議捕物帖」笛吹明生 「剣客稼業 雨ふらし」

明けましておめでとうございます。
10月12日にアップしようと書いていたのが、何故か下書き作ったあと、そのままに忘れてしまったのです。(笑い)
まずは、これをアップしましょう。

◎鎌田樹 「朝顔さむらい(二)父子時雨」廣済堂文庫 2007年 300円 定価600円プラス税

時は十代将軍家治で、田沼時代の真っ盛り。親友は本草学者の平賀源内、恋人は田沼意次庶子娘、二三江の旗本次男坊堀部桂馬が主人公。旗本の次男坊で家督を継いだ長男の息子はまだ五歳だから、あと2年は養子にも出されず実家で趣味の朝顔作りで日々を送るしかない鬱屈を大酒で紛らわせるしかない。また飲めば斗酒辞せず、剣技はますます鋭くなるという物語らしい剣豪の設定。そのくせ、酔わないわけではないからある一線を越えると意識不明になってしまう隙だらけの剣客でもある。
もともと田沼意次というのは、その父親が吉宗に足軽から抜擢されて600石もらうくらいの才人だったのを受け継いで、官僚としての才能は吉宗学校でも抜群だったらしい。九代家重の小姓に引き上げられ、吉宗独裁最高潮の時期に1937年(18歳)で従五位下主殿頭になったのだから、吉宗下のエリートだったわけである。家重下でもとんとんと出世して1758年(39歳)御側御用取次から1万石の大名に取り立てられ家治にも頼られて1772年(53歳)で相良藩5万7千石の老中となる。贈収賄うんぬんという汚名は政敵の復古原理主義松平定信による個人的怨念晴らしの歴史書き換えで定着しているもので、農民に読み書きを禁じて愚民化政策を取った定信なんかに比べたら、はるかにまともな政治家だったらしい。田沼に象徴される吉宗側近高級官僚と松平の苗字を持つ吉宗親族の間での権力闘争が幕府の中であったのだと思われる。その息子の意知も史書にはほとんど書かれてもいないけれど、親の威を借るどら息子みたいなイメージに書かれることが多いが、これまた実際は、意次の跡をなぞるように出世してきているところをみると、官僚として抜群の才能をもっていたと舞踏派は考えるのだが、鎌田はドラ息子説でこの物語を組み立てている。
その『ドラ息子』意知が25歳というから、年代も確定する、数えだから1772年。
その2年前は将棋好き自称7段の家治主催のお城碁で若年寄酒井石見守忠休(ただよし)(56歳)が家元に勝たせてもらってる。(ま、この時代の家元は同年に碁所就位した九世察元だから、いくら向四子の手合いとはいえ、碁所がらみのお礼の意味があったかも。だって、その前年は向4子で察元1目勝ち、10年後に再戦して向三子中押し勝ちなんだから。あ、68年にも四子で酒井石見守が勝ってる、ということは、けっこう酒井さんは強かったかも。現在の段位だと、アマ5段というところか)
閑話休題
事件は立て続けに相良藩がらみの町民や小者が四人殺されて、一本一両はするだろうという簪が胸に刺されて残っていた。意次は隙を見せれば、水戸や尾張を筆頭とする御三家御三卿勢力から田沼潰しの口実にされかねないと源内と桂馬に捜査を命じる。まあ、事件の裏にはドラ息子意知のご乱行があったという筋なんだけど、250年も立っても相変わらず定信の卑しい恨み仕掛けにはまっているんですねえ。
誰だったかなあ、江戸時代の贈賄習慣より明治以降の贈賄汚職の方がずっと程度が悪いと言ったのは。このころの収賄というのは、今の収賄とはちょっと違うんだよね。ま、改めてそれは書こうと思う。

誉田龍一 「消えずの行灯 本所七不思議捕物帖」 双葉文庫2009年 220円 定価 695円プラス税

初出 双葉社 2007年

本所七不思議といえば、「消えずの行灯」「送り提灯」「足洗い屋敷」「片葉の芦」「落葉なしの椎」「置いてけ堀」「馬鹿囃子」。まあ、見立ての古典というか、捕り物帖作家の多くの人が使っている趣向です。
誉田本では、ホームズ役が榎本釜次郎、後の武揚で、歴史上の有名な解明派にして、江戸幕府武闘派から転身した明治逓信大臣であるが、青年時代はまだ江川塾で学生やっていた。ワトソンが無名で実在も不明の仁杉潤之助。時代はもちろん幕末、ペリーと黒船来航時代。そこで趣向は、七不思議の子どもの科学風合理的説明で、新技術・新知識を悪用しようとしているものを暴いてみせるというもの。まあ、それだけなんです。
それだけなんですが、調味料に幕末有名人のやはり青年時代(無名時代)をからませているので、大江戸の黄昏の雰囲気が好きな人には面白いでしょう。

◎笛吹明生 「剣客稼業 雨ふらし」 徳間文庫 2009年 250円、定価552円、

主人公は一ツ木雨晴斎。某藩の剣術指南役で藩主藩士一般町民からも神の如く崇められていた剣客なのだが、不惑に達したある日、己は剣の修行ばかりやってきて、全く人間修行をしていないと、人間修行に発心して、藩主からも周囲からも惜しまれつつ師範役を辞任して江戸へ出てきて、風呂屋の釜炊きをしている。このばかばかしいほどの設定をちゃんと読ませる話にする笛吹の力量というのはすごいなあ。
釜炊きの師匠は戯作者志望の少年長吉だ。この少年のお約束どおりのこまっしゃくれぶりも話のおいしいトッピングになっています。
シリーズ第一作の「剣客修行 雨晴し」で読者と湯屋の客やら奉行所同心となじみになった一雨晴斎のところへ、同心が甥っ子で旗本200石久保家に養子に入った友九郎をつれてやってきて、「こういうやつだ。ちっと世の中を教えてやってくれよ」と注文を出す。
二つ返事で引き受けて何を教えてもらいたい?と聞く雨晴斎に友九郎は「まず女の気を引く術を、知りたいと存ずる」という。
呆れ返った雨晴斎ではあるが、さらに聞くと、
女でも《年を経た猫は猫又になるし、古くなった女は姑だアな、久保家先々代の御後室、友九郎の義理の祖母さまは当年七十に相成るが、女に変わりはねえよ》という養子さきの祖母だという。
養子に入ったものの、隠居所に篭りきったまま、友九郎はお目通りもかなわぬという。それでは、とにかく顔をあわせないことには気を引くもなにもないというので、雨晴斎は庭先で稽古をつけて大騒ぎすれば、締め切った雨戸をあけて引きこもり老婆が顔を見せるだろうという天岩戸みたいな作戦を提案をした。
この天岩戸作戦はまったく効果がなかったので、雨晴斎の面子は丸つぶれになったのだが、この引きこもりの裏にある秘密が物語の肝なのですね。
そこ書いたんじゃあ捕り物帳のネタ晴らしになるんで、読んでもらうしかない。
でも趣向はばらしても興は冷めないと思うので書いてしまうと、お化け狸がご隠居に化けていたという耳袋にありそうな話を雨晴斎は演出して一件落着、めでたしめでたし。これで幕と思ったら、カーテンコールがあって、この雨晴斎のお化け狸演出が、そのまま芝居になって、雨晴斎は舞台に引っ張り上げられるほどの人気者になってしまったのです。

このシリーズの続きを是非読みたいのだけれど、本屋でも古本屋でも全然みかけないのですね。今年は是非読んでみたいなあ。