Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

009 二人の平蔵: 吉岡道夫「ぶらり平蔵 剣客参上」コスミック文庫2009年 早見俊 「せっこの平蔵道場ごよみ ちぎりの渡し」ベスト時代文庫 2008年

13日に静岡でJR東海の列車見張り員再講習があって、朝6時半東京駅集合で出張ってきました。往復の新幹線で二時間、たっぷり読めるなと思ったのだけど、阿佐ヶ谷ー東京間で Ian Rankin のblack and Blue の20頁ばかりを読んでて目の調子が良くないと気がついたので、ひたすら雨雲の向こうを遠く見ておりました。帰りは、一時間に及ぶクレペリン検査(あんなもん全く検査効果がないというのに)で目が撹乱乱視状態、窓際の席でほとんど見えない水平線を探しながら帰ってきました。ひょっとして、読む気になるかなと思って用意していった、西条奈加の「烏金」と門田泰明の「浮世絵宗次日月抄 じょうだんじゃねぇや」は鞄の重しになっただけ。
まあ、それで、やっと「せっこの平蔵」を発掘したので、二人の平蔵を書けます。

三人の平蔵にしないのは、鬼平さんは別格ですから。

◎ 吉岡道夫「ぶらり平蔵 剣客参上」コスミック文庫2009年 280円(定価657円)

旗本の#男坊(次男とか三男とか、いろいろある)が個人的理由で長屋暮らしをはじめて、寺子屋の師匠とか剣術道場の師範代とか、用心棒(警備員)とかでなんとか食ってるうちに、町方の事件に世間知らずだが育ちのよさでかかわってのんびり楽しく時々せつなく生きていくというのが最近の流行時代物のパターンです。
このシリーズもその例外ではなく、兄は1500石の旗本で、本人は医者の神谷平蔵。友人がこれまた隠密回り同心の兄を持つ矢部伝八郎。この縁で、平蔵は事件にかかわってしまう。のんびりもので、ぶらりと時々どこかに行ってしまう(必ず決められた居住場所にいなければいけない・・・いざ鎌倉でサラリーもらっている侍稼業には絶対向かない)性癖から、あだ名はぶらり平蔵。
時代は六代家宣の時代。つまり、舞踏派が評価してない新井白石がやっと権力に近づいて、(綱吉と側用人柳沢の時代をせっせと誹謗中傷に熱をあげている・・・・はずなのだが、戯作人吉岡は検定教科書通りに白石善玉君子に描いている・・・・当然、元禄時代は独裁犬公方と賄賂側用人の時代ということになる。ここらへんが人間のやることは善悪裏表という池波正太郎歴史観、人間観より浅いと思うのですが、ま、水戸黄門路線は安心して読んでもらえるというコマーシャリズムのキョクチですからね。読んでおもしろければいいじゃありませんか。ってわけ。多分)平蔵は、その白石門下の落ちこぼれでもある。
事件は、平蔵が医院を開業した長屋のそばに、伝八郎と平蔵の医の師匠で義父の神谷夕斎の思い出(といっても義父は磐根藩医をしていたのだが、藩のお家騒動に巻き込まれて、平蔵の長崎遊学中に暗殺されてしまったのです。その過去をふまえた前作で平蔵が伝八郎の助力も得て敵をとって、お家騒動も解決した)を話題にしながら平蔵が戻ってきたところで、少年と若い美人の母親がごろつきと武士に絡まれているのを助けるのが発端となる。この発端で、クライアントの母子と敵役の堀江左門というのを登場させるところが、巧みなストリー構築です。
で、実は、この母子が因縁のある磐根藩の隠し跡継ぎとその乳母役の縫であり、またも平蔵はお家騒動に巻き込まれ、縫と恋に落ちて、シリーズものだから結婚はできない(戯作者の陰謀です)失恋が初めからシリーズ読者には見えている。(魔夜峰夫のラシャーヌシリーズと同じですが、そちらは作者か編集者が飽きたせいか、寿引退してしまいましたね、lol)
もうひとり、以前からの結ばれぬ運命の女隠密のおもんさんが、陰働きで登場しまして、焼けぼっくいになんとやらですが、所詮美人女忍びは有能すぎてキャンディーズみたいに引退はできない。(というのも吉岡戯作人の意地悪としか思えない)
とまあ、シリーズは10冊を越えて、最近ではついに吉宗(徳川家のメディチ一族みたいな毒殺趣味将軍)がやはり善玉の大男で大人として登場しております。まだ7代将軍後見者の吉宗を守って大剣戟を展開する一巻もあります。安心して楽しく読み進められる時代ものです。

◎ 早見俊 「せっこの平蔵道場ごよみ ちぎりの渡し」ベスト時代文庫 2008年 350円(定価648円)

いきなり冒頭でこうキャラクタ説明して文章にしてしまう、というのはうまいやり方ですねえ。
Kokokara--------------------------------------------------------------
盛岡藩士十時平蔵はお節介な男である。
お節介ゆえ、盛岡のお国言葉で、「せっこの平蔵」と呼ばれている。その平蔵は盛岡藩を六年前に離れて浪人の身となり、現在は、深川の町道場の主に納まっていた。
文政5年(1822)の小正月、平蔵は二十九歳の春を迎えている。
to--------------------------------------------------------kokomade.
早見さんは実に感想文を書くのが楽な物書き様です。これ以上の紹介文なんて書けやしない, lol
吉岡戯作人とちがって、ちゃんと平蔵に恋女房の春菜を与えて「ぶらり」居所不明にならないような堅気の安定した小市民風生活感(安心感)を生み出しております。ま、仕掛け人シリーズにもあったけど、婿養子。姑はいないけど、その代わりお尻の巨大なスイートハートがどんと道場に据えられております。
1820年代というと幕末です。剣道場業界には三大業者がおりました、斉藤道場に桃井道場、そうして千葉道場。その千葉周作とせっこの平蔵は妙な剣を挟んでの縁があって、立会って破れている経験もある。その千葉道場の門弟と平蔵の門弟が将軍家斉の前で御前試合をすることになる。千葉道場の弟子は津軽藩士で、平蔵の弟子は盛岡藩士。この津軽盛岡藩の間には相馬大作事件という藩の面子が立つ立たないという(まあ今から見れば、くだらないのですが)大事件があって、その決着がついていないときだったんですね。立場上平蔵は弟子を特訓して勝たせようとしたのだが、弟子はなんと闇討ちにあって怪我を負ってしまう。平蔵は、襲撃犯を撃退して頬にかすり傷を負わせた翌日、千葉道場を訪問してみると周作の門弟に顔にかすり傷のあるものがいた。周作に聞けばそれが津軽藩の代表剣士だという。周作の面子を考えて、なにも言わずに平蔵は帰って、あとは天命で・・・ハッピィエンドの中篇4作構成の第一話「人事を尽くして天命を待つ」。
第二話は「年寄りはいたわるべし」第三話は「若旦那恋わずらい」第四話「義太夫から出た盗賊」
第四話のクライマックスがすごいんですね。
幕末四剣(平蔵を四人目に入れる)のうちの二人(平蔵・千葉周作)が第一話以来いろいろと因縁がこじれてしまった二十人以上の敵役のところに殴りこむ。OK牧場の決闘ならぬ深川海辺新田の血戦なんですが、意外にさらりと流血の匂いも少なくまとめてるところが、早見流。
こちらも楽しくシリーズ次の一作を新本で探してしまうという羽目になります。