Mystery Paradise

元は今はなきアサヒネットのmystery paradise 会議室の分室のつもりだった。haha

008 上田早夕里「ラ・パティスリー」、畠中恵「アイスクリン強し」、よしながふみ「西洋骨董洋菓子店」

最近、明治時代ものは苦手になってしまった。歴史改竄が歴史の宿命みたいなものだけれど、この島国の保守化とともに、再び明治礼賛、現行保守構造の組み上がり期の合理化美化を意識的に支配する側・利権者側から仕掛けなおされているような気がする。マルクス史観による支配構造の分析・点検視点が崩壊したあと、ノーチェック状態で保守構造が暴走しはじめているような感じがするし、文化面でも、積極的に勝ち馬に乗って、利を得、一稼ぎしようというようなものが主流になっているように感じられるからだ。
そういうわけで、畠中の新作も腰巻読んだだけでは買う気になれないでいた。ところが、ひょいと、阿佐ヶ谷の古本屋で上田早夕里の「ラ・パティスリー」を見つけた。SFではない現代小説。13頁目まで読んで、お、これはミステリではないかと、即購入。これは読まねばならぬ。そういえば、畠中もケーキ小説の明治物を書いてたなと思い出し、棚をみたが並んでいない。それではと、同じ商店街の小さな本屋へ40歩ほど歩いてみると。あった。
で、二冊併読。
しかしである、この分野は、活字マンガを通して大傑作の化け物作品がある。よしながふみの「西洋骨董菓子店」。ついでに書いてしまおうというわけである。先に読み終えたのはアイスクリンの方。

畠中恵アイスクリン強し」講談社文庫 2011年 552円+税、単行本 講談社2008年

まあ、筋もへったくれももない、明治青春小説ファンタジイもので、元幕府側の士族の若様たちが、巡査になり、その友人の居留地育ちの西洋菓子職人の卵と、維新成金のお嬢様たちが、わいわいと集まって、明治初期風俗を見せてくれるコージーもの。おもしろいんだけどね、有明夏夫の海坊主の親方シリーズと較べると、なんか素人の作ったケーキを食わされているような違和感を感じるってのは、舞踏派が年とったってことかもしれない。
作品の中ででてくるケーキを福田里香さんが実作して写真に撮って、折り畳みの小パンフレットにして付録につけてくれているのだが、紙質をケチった(ひょっとして時代色を写真につけるつもりだったのかもしれない)せいかピントがボソボソでシードケーキも苺のアイスクリンもちっともうまそうに見えない。個人的に畠中は江戸ものにかぎる。

上田早夕里「ラ・パティスリー」ハルキ文庫2010年 280円、定価629円+税、単行本角川春樹事務所2005年

関西のケーキ屋の<ロワゾ・ドール>に就職したパティシェ見習いの森沢夏織の”甘い”冒険物語。森沢夏織という名前の響きから、上田さんのアサヒネットのミステリパラダイス会議室時代のハンドルネーム由梨を思い出してしまうというのは、何故だろう?かおり、ゆり、さゆりのり音韻のせいかなあ。

ま、その夏織さんが、見習いなんで朝一番出勤して掃除やらなんやらやろうと店に着くと、誰もいないはずの店に見知らぬ男が飴細工をを作っているのを目撃する。入り口のシャッターには鍵がかかっており、男は鍵を持っていなかった。裏口もあったが、そちらは、材料のダンボール箱が積み重なっていて、その重さで外からは、鍵を外しても開かない状態の上、ちゃんと鍵もかかっていた。おお、これは、逆密室である。
男は名前以外の個人的なことは記憶喪失になっていて、店のオーナーは紆余曲折のあと、彼をパティシェとして記憶がもどるまで使おうと決めた。男の菓子作りの腕は極上のプロフェッショナルであるのに、その正体を業界の誰も知るものがなかった。
彼の正体を彼とともに、夏織は調べるとともに、菓子作りも彼から習いだす。
うん、アサヒネットのミステリ・パラダイス会議室の「わたしのミステリノート」に残っているものの大半を書いてくださったミステリマニアの由梨さんこと上田早夕里さんらしい上品なミステリです。古城のかわりにケーキショップ、謎めいた領主の替わりにパティシェ。ゴシックロマンにも通じるミステリ本流の謎解き冒険物語です。チョコレートをめぐる店内コンテストなんて、少年漫画風挑戦者物語風味まである。

ミステリの味もいいけど、中に登場するケーキの描写がまた、いいんですねえ。10年以上前、関西に阿呆列車みたいに出かけていたころに、味見してまわった大坂・神戸のケーキが目の前、鼻先、舌の上によみがえるんです。フルーツロールの描写をちょいと書き写しましょう。
夏織が食べます。
kokokara------------------------------------P.50------------------------
まずは、イチゴが見えている部分を狙って、卵色のふんわりとした生地にフォークを入れた。一口含むと、とろけるような生クリームの舌ざわりと、イチゴの甘味と酸味、ふわふわした生地のおいしさが一気に押し寄せてきた。
koko------------------------------------------------------------------made.
ああ、あれだ。あそこの丸いテーブルで食べた、あの味だ。。。

よしながふみ西洋骨董洋菓子店 全4巻」新書館 定価530円+税 2002年

まあ、あまりに有名なケーキマンガである。財閥の孫オールマイティ男とその友人で「魔性のゲイ」の二人で始めた菓子店「アンティーク」を舞台につづられる物語。元世界チャンピオンで網膜剥離で20にしてボクサーを隠退せざる得なかったハンサムボクサーの見習いに、長身二枚目で外見は有能だが、実は人柄以外は無能の独活の大木という二人が加わって、一人一人の人生模様を4巻にわたってツヅレ織。最終巻では、過去に少年誘拐事件の被害者だったオーナー店長が、現在の少年誘拐事件を解決するというミステリ味までくわわるケーキをめぐる人間喜劇。

まあ、パチンコ業界に天下りしたキャリア警察官僚が、誘拐殺人事件の少年の胃の中の残りの分析から、これは、アンティークのケーキであるとケーキ探偵ぶりを発揮するのはご愛嬌といいますか。
舞台が阿佐ヶ谷というのも、舞踏派=Cakeater にとってはうれしい、なつかしくて、ちょっぴり哀しい(どうみても、今は閉店して久しいEau d'or と、 最近店舗縮小したSugar Roseをミックスしたようなアンティークの店の佇まいだから)年に一度は引っ張り出してしまうマンガです。

ああ、EAU D’ORのケーキ、食べたいなあ。。。
このミステリがすごい。。。にもケーキ物が合ったけど、ミステリの出来不出来は別にして後味が悪過ぎるんで書く気はない。この三人の著者みたいにケーキが好きな人のものは大好きだけど。
また、稿を改めて[cuisine]で書こう。